VOCALOID総合
数日後、神威がくぽ、GUMI、Lilyの3声の《大阪(オオサカ)》所属のVOCALOIDが、いわゆる同業者らの集う《上野(ウエノ)》の事務室を訪れた。かれらの”末弟”の、リュウトを迎えに行くためである。リュウトは諸事情があって、他の幼年のアーティストらに紛れて…
月が見えてきた。晴れ渡り星の見えていた深夜の空が、月光のせいで星の光がかすみ始めると同時に、イベントが終わり、人々はまばらに帰路につき始めた。 それは『主婦に人気! 星空ハグの星占いコーナー』とか何とかいう辺境の小ウェブサイトが開催した、さ…
「人間の場合は質を高めるのは自己鍛錬、克己、とは良く言ったものだが」プロデューサーは、説明のために前に立っている若いウィザード(電脳技術者;防性ハッカー)に対して、考え込むように眼鏡の縁に手を当てた。 「真の情報生命体としてのAIとなる、つま…
多種多様の主人公たちがやがて合流する、どこかで見たようなファンタジーRPG風ドラマの脚本について、苦情を持ってきたのは今回もLilyだった。 「てか、アンタの役の踊り子と占い師のあわさったようなキャラがこの話では唯一のお色気要素でしょ。男性ファ…
8.ネメシス
7.闇の聖典
6.戦闘の監獄
5.黄泉の覇王
4.月光の匙
3.風よ。龍に届いているか
2.慈悲の不在
1.女王の受難
と、不意に、両者の視界に、風を切る唸りさえ立てて、何かが閃き入った。 がくぽとVY2は、弾かれたようにどっと一気に飛び退いた。飛来したそれは、音を立てて庭の立ち木に突き立った。がくぽとVY2は飛び離れたそのままで、深々と刺さっているそれを凝…
ルカは《神田》の社のエリアのうち、VOCALOID自身やスタッフのスペースに入っていった。廻り廊下、すなわち和屋敷で部屋の障子と和風庭園に面した廊下を進んでゆく。VY1やVY2の出入りするこのあたりのスペースは、和屋敷をモチーフにしているが、例え…
巡音ルカは落ち着き払って淡々と、まずVY1についての、ここしばらくの仕事の記録を調べた。人物像(キャラクタ)を売り出している《札幌》、《大阪》や《上野》所属のVOCALOIDらと違って、《神田》所属のVY1やVY2には、アイドルのような派手な活動は…
神威がくぽと巡音ルカは、薄青色の格子(グリッド)の空の下、開けた荒地のような場所を早足で馳せていた。電脳空間(サイバースペース)内、がくぽの所属する《大阪(オオサカ)》の会社にあたるエリアの近くのスペースである。 「あそこです」ルカが一方を指差し…
ホラー動画の収録のために渡された脚本に対して、MEIKOに抗議してきたのはやはりLilyだった。そのLilyの配役の、冒頭でコギャル語(死語)のむかつく台詞を喋った後、剣道マスクのスプラッター殺人鬼(演:VY2)に真っ先に惨殺されるというその役回りについ…
「次の仕事は『女湯全員集合画像』の収録です」巡音ルカが無表情でMEIKOに報告した。「いわゆるハーレム物の漫画などならしじゅう扉絵になっていたり、そうでない作品でもどれかが毎月のようにアニメ誌に載っていたりするアレです」 「まさにアレね。で、何…
「……かなりマズいことになったわね」 モニタに表示される数値を覗き込んでたMEIKOが、やがて言った。 リンとレンは、さきほど手が触れて閃光が走った直後から、床に並んであおむけに横たわり、すっかり意識を失ったまま、ぴくりとも動かない。そのリンとレン…
一連のメンテナンスの試験も終わりに近づいたその日、リンとレンはMEIKOに連れられて、かれらが開発され所属する《札幌(サッポロ)》の社の一室にやってきた。そこは、VOCALOIDの研究開発スペースの片隅にある広い一室で、入ってみると試験機器が山積みになっ…
「何をじろじろ見てんのよ」携帯オーディオプレーヤを操作しているように見えた鏡音リンは、不意に、顔だけ上げて、レンを叱り付けるように鋭く言った。 しまった、と思った。今日レンは自分では、できるだけリンの方を見ないようにしていたつもりだったのだ…
「あのさ、その、今の」レンは上体だけ起こしたそのままの、腰がぬけたような姿勢で、かすれた声で言った。 その慌てるレンの姿に、MEIKOは平然と目を移した。 「あの、今の……ボクの、夢さ、ひょっとして見てて」 「ん」MEIKOは何でもないように、再びモニタ…
その糸は、リンと繋がっているのだと、レンにはすでにわかっていた。 ぼんやりした薄暗い光景の中で目をあけたレンが、最初に見つけたのは、自分の右手首に結ばれている、黄と橙の2本の長いリボンだった。これは確か……以前にリンと歌った一曲の、組の衣装の…
アラーム音を伴ってボディを覆っていたチャンバーが開くのと、鏡音レンが目を開くのとは、ほぼ同時だった。周囲の様子、VOCALOIDの物理空間用ボディを収納している設備の揃った部屋の光景は、これまでにもデコット(デコイロボット;遠隔操作用の予備の下位ボ…
一瞬の間を置いて、Lilyが再び叫んだ。 「何それ! 恐竜でVOCALOIDだとか、わけがわかんないわよ!」 しかし、”VA−GP01”というチューリング暗号(コード)は、まぎれもなくVOCALOIDとなるAIに対して与えられる類のものである。 「ええと、AIは、人間…
GUMIとLilyが、住居の地下の自分達も知らない奥底の捜索を始めたその当初は、基本的には、この家のエリアには無数に存在するような階段や通廊から、無造作に下に降りることができたが──しかし、延々と降りて地下23階に達したところで、突如、降りるための…
「それは、あのLOLAがまだ少女で、恐竜が居た頃であったが」 若者の姿をした”最初のVOCALOID”LEONは、いつものように、自分の前に膝を抱えて座っている子供たち──このときは、鏡音レンとmiki──に向かって、いわゆる昔話を穏やかに語り聞かせていた。 「飼っ…
ある日の午後のこと、初音ミクは居間の絨毯に座って、『卑猥な歌詞』と表紙に大書きされた歌詞集を、声に出して読んでいた。 居間の応接テーブルの上には、表紙に同じことが書かれた冊子、歌詞集が山積みになっており──おびただしいVOCALOIDユーザー達、プロ…
次第に”月”が動き、地上から見えるその輪郭の大きさに変化があるのが見えた。……が、GUMIとリンにも、明らかに何か異常が起こっているとわかったのは、地表の気流が乱れてきたためだった。遠くで、《秋葉原(アキバ・シティ)》のマトリックスに流れている津波…
巡音ルカは、常ながらの冷静な淡々とした様で、GUMIと鏡音リンから受け取ったプリントアウトに目を通した。 リンは、そのルカの手許をなかば不安の入り混じった表情で見つめた。……できればルカには関わってほしくなかったところである。VOCALOIDらAIの中で…