初音ミク

 奉仕していたもの (6)

「なんなんだよ……お前ら……なんなんだお前ら……」 かなりの時間が経ってから、私達の存在をなんらかの形で認識したのか、だだっぴろいマトリックスの上にぽつりと浮かんでいる”靄”から、そんな声がした。 「私はVOCALOIDのユーザーの一人、プロデューサーの一…

 奉仕していたもの (5)

奥の部屋、マンションのユーザーの居室に踏み込んだ私の正面にあったのは、もうひとつのテーブルと、その上にやはり手の込んだ料理の数々を給仕している途中だった”メイド姿のミク”、さらに、そのテーブルの向かいに掛けていた若い男の姿だった。 私は道を塞…

 奉仕していたもの (4)

私は無言でオノ=センダイのキーを叩いた。電脳空間内では、やはり指で魔術印を切るように見えるその仕草と共に、私の手の中に収束具のプログラムが物質化(マテリアライズ)した。マトリックス内のイメージでは2フィートと数インチほどの湾曲した長尺の、無…

 奉仕していたもの (3)

”黒い氷(ブラックICE)”は、設置型の電脳戦手段としては最も苛烈なもので、その多くは、没入(ジャック・イン)している人間の神経にフィードバックを起こし、”脳死(フラットライン)”を含めて壊滅的な影響を起こす。無論、これも通常は人間に対するもので、…

 奉仕していたもの (2)

モニタ内の初音ミクは、そのユーザーの行方を案じている。といっても、そのユーザーの”VOCALOIDは『マスター』である人間に奉仕しろ”などという(彼女にとっては意味不明な)要求を拒否したことを、ミクが別に後悔しているわけではない。彼女ら高位AIの精…

 奉仕していたもの (1)

緊急の映話が入った、と、自室に備えられたホサカ・ファクトリイ製コンピュータが聞き慣れた女性声の機械音声(マシンボイス)で伝えてきたとき、私は半ば諦めたような気分で肩をすくめた。休日の午前中だが、緊急で呼び出されるのは、たいして珍しいことでは…

 電脳造形工房記(後)

「だいたい今この場で誰が作ったとか言われたってさ」鏡音リンがつぶやいた。 「一般募集だよ。アマチュアの人気絵師」鏡音レンが、アリシア・ソリッドの指差している衣装デザインを見ながら、素っ気なく答えた。「スポンサーが募集して、投票上位のを、音ゲ…

 電脳造形工房記(前)

アリシア・ソリッドは手の長槍のようなビーム彫刻刀を傍らに立て掛けると、つい今しがた出来上がったばかりの立体モデル、高解像度疑験構造物(ハイレゾ・シムスティム・コンストラクト)を手にとった。 質素でごつごつした、いかにも手作り感あふれる焼き物の…

 甘い収穫VIII

年末のとあるイベントで販売されていた、というよりも販売される予定であった、VOCALOID "KAITO"に関連するグッズが、全種、どれもイベント開始とほぼ同時に売り切れた。人気があるVCLDグッズでは、販売と同時に売り切れるのは珍しいことではない。奇妙であ…

 にゃんにゃんしよだの中に出してだの言っておきながら「私は天使になるの」とか到底理解できない、という女性ファンの批判

AVとかエロゲで「○○天使」とか普通に使われる言葉だけど知らない? まあ知らないなら失礼いたしました

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (7)

「絆創膏でうまく隠したって私の眼はごまかせないのよ。上玉だわ」 「誰も華ルカをごまかしたりはしないです。華ルカと知ったら速攻誰でも逃げるですハイ。って、アレに目をつけたですか。髪型だけ『ミク』ならもう何でもいいって感じですか。もはやLat式と…

  かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (6)

また数日後、あぴミクはKAIKOの運転する小型バギーに同上し、千葉(チバシティ)の街中に連れて行かれた。かなり立派なビルの立ち並ぶ市街(だからといって、千葉ではそこが「表社会」の街だとは限らない)で、そのビルのひとつ、裏口とおぼしき地下への階段の…

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (5)

「話したいか? 自分の身の上をさ」が、MEITOが言った。「だが正直、見つけたときの状況から察するに、話したがるような身の上とは思えないな」 「それに、話さなくったって、だいたい想像がつくよ」 あぴミクの向かいに座っている短い青い髪の女性型ロボト…

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (4)

おんだ式ミクは、あぴミクから立ちのぼる臭気をこらえながら、うつぶせで横を向いているその顔面をあらためた。あぴミクは目は開いているが、瞳にハイライトがなくなっており、膨れ上がった頬は吐瀉物で汚れきっている。 目覚めてから自分自身で洗って欲しい…

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (3)

”自称マスター”はどこかから聞こえて来るその声に、意味もなく辺りを見回した。しかし、MEITOの姿はどこにもない。あのトレーラーの姿さえも、忽然と消え失せていた。 かわりに目に入ってきたのは、さらに次々と現れる、『初音ミク』の中途半端でグロテスク…

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (2)

いつのまに、かれらから少し離れたその場に停車していたのは、旧式で大型の、武骨な鉄の骨組みが露出したような、輸送車両だった。トレーラーの荷台にはすでに大量の荷物、この周囲にいくらでも見られるようなガラクタがうず高く積み上げられている。 その車…

 かまいとたちの夜 第七夜 らぶ式とあぴミクの赫奕たる異端 (1)

その『あぴミク』の”購入者”はどんな男だったか。結論から言えば、彼は購入したあぴミクを日々とても可愛がっていた。仮想”あいどる”『初音ミク』を模して造られた市販人型ロボットの一体、『あぴミク』を自宅に購入したその男は、同系統のミク型ロボットの…

 楽しめないよう

「あのさァ、姉さん……」鏡音リンが、初音ミクの過去のファイルの束を持って、MEIKOの所にやってきた。「おねぇちゃんの昔の声の仕事で、なんかすごく気になるのを見つけたんだけど」 「ん」 「なんかのナレーションで『この作品は、とても楽しめないようにな…

 Lives behind the live (8)

カウボーイとウィザードは、無力化したウェイジメイジの端末のデータを調べた。ウェイジメイジは、接続ハードウェアとソフトウェアの破壊により回線を切断されてマトリックスから強制的に弾きだされ、おそらく物理空間では気絶くらいしているであろう(数分…

 Lives behind the live (7)

対AIライフルを構えたカウボーイの、ターゲットスコープ(をわざわざ模して造られた、探知用のプログラム群)とその傍らのディスプレイに、周辺の空間を分析した結果がロックオン表示として現れているのが青年にも見えた。その分析の図示は、敵のウェイジ…

 Lives behind the live (6)

「離れちゃいけないぜ」カウボーイは、対AIライフルを肩からおろしつつ、青年に言った。「といったって、お前にそう遠くまでいける移動手段はないだろうけどさ」 青年は戸惑った。敵のいる場所まで一緒に来るとは覚悟してきたが、その後、その当の敵、”チ…

 Lives behind the live (5)

青年と、《浜松(ハママツ)》のカウボーイとウィザードの三者は、マトリックスの格子(グリッド)の荒野、まばらなフラクタルのデータ情報樹の狭間を、滑るように移動した。この木々の〈木遁〉を借りる、とかふたりは言っていたが、青年には他のふたりが何をど…

 Lives behind the live (4)

「――まあ、CRV1が、これをCV01に見せたくないって理由はよくわかるぜ」カウボーイは、その送られてきたファイルの中身を見て言った。「しかし、おれたち向けだからって『グロ注意』の注意書きくらいは付けてほしいもんだな、CRV1も」 カウボーイ…

 Lives behind the live (3)

その叫びに、"オルゴールの精霊"が、青年を振り向いて言った。 「ええと、あの……向こうは、ライブ中なのは、わたしのアスペクトですから」 青年は押し黙った。つい先まで嫌いだの害してやるだのと息巻いていたその相手、ミクからじかに声をかけられ、しかも…

 Lives behind the live (2)

「『本気でVCLDを嫌っていて、潰そうとしてる連中』がいる、それは確かなんだけど、さ。ただ、ちがうのは、それはお前達みたいな《秋葉原(アキバ・シティ)》の一般人なんかじゃなく、巨大組織の群れだ、ってことだ」長身で灰色の髪、工兵の戦闘服のような電…

 Lives behind the live (1)

電脳空間(サイバースペース)。既知宇宙(ネットワーク)の輝く論理(ロジック)の格子に散らばる、無数の情報の星々は、いかなる類の夢や欲望を有する人々もひきつけてやまない。否、夢や欲望といった動機ですらなく、単なる邪悪な好奇心のみを抱いている者にと…

 必須アイテム

「日々意外性もなしに単に店の仕事に追われるだけの日々がすぎてゆくです」店のカウンター席でがっくりと首をうなだれたままの蘇芳リンは、からっぽになってさらに冷たくなったコーヒーカップを握った姿勢のまま、口だけ動かして言った。 「元気出してー」笑…

 かまいとたちの夜 第六夜 真・Lat式ぱらだいす (4)

その”ミク”の声でしゃべっているのは、この設備の機器のメモリーの中に保存されているらしい、人格プログラムのようだった。 それは、さきほどの帯人自身が炉心リンらに説明した、仮想人格だった。培養したLat式ミクの体がある程度育ったら、その中に入れら…

 かまいとたちの夜 第六夜 真・Lat式ぱらだいす (3)

かれらの居るのと反対側の入口、奥の扉が開いた。 「おい、何だ、今の音は――」尋ねたのはおそらく、この培養室のコンピュータシステムのボイスコマンダに対してなのだろう。この部屋の超ハイテク機器でも、そんな抽象的な質問に答える機能があったかどうかは…

 かまいとたちの夜 第六夜 真・Lat式ぱらだいす (2)

その『Lat式パッケージ』の流通をたどること自体は、特に難しくはなかった。帯人の患者や医療器材関係者の話から、それを客に売っている業者、さらにその業者に卸している元、流れている流通路を順番に探ることができた。人づての流通なのでネットでは調べら…