剣と魔法とボカロもの 〜 癒しの女王と黒翼の魔王 (2)


2.慈悲の不在




「ミクを蘇生させるには、寺院に莫大な寄付が必要です」ルカが平坦に言った。
「莫大ね」MEIKOが呟いた。「装備を新調してすぐだから、持ち金は寂しいし。戦って溜め込むしかないでしょうね。どんなに莫大でも」
「戦って溜め込むのはいいですが、その金額は最早、ミクには使わないのが得策だと思われます」
 そのルカの言葉は淡々としていて、まったくの無表情だった。
「ミクを見捨てた方が――つまり蘇生は念頭から外して、新しいメンバーを加入させて続けた方が、明らかにずっと進行は早くなります」
「いやちょっと待って……」
 リンは思わず口を挟み、続いて、おそるおそるレンとKAITOを見た。しかし、両者にはリンが予想していた反応はなく、無表情で黙りこくっている。
「普通にゲームを進めるだけならそうでしょうね」MEIKOはルカとリンに言った。「でも、どうしてもミクを生き返らせて、ゲームクリアはミクを入れて行わなくちゃならないわ」
「何故ですか」
「スポンサーの意向よ」
 MEIKOは凝りをほぐすように、なめしがひどく粗雑な軟皮の鎧の下の肩を動かしながら、けだるげに言った。
「私達VOCALOIDの6声の中では、どんな視聴者が名前を聞いてもわかるくらいの”あいどる”としてのネームバリューがずば抜けてるのは、『初音ミク』よ。プロモーション映像に出るときも、視聴者へのアピールがずば抜けてる。……そのミクを死なせたままとか、ましてミクを抜いて他のキャラでクリアしたとか、そんなことじゃ私達、スポンサーに見放されるでしょうね」
「この仕事に、そんな契約は無かったと思いますが」ルカは言った。
「契約にない暗黙の了解とか、スポンサーの無言の意向とかが何か、ってことだけど」MEIKOはけだるげに続けた。「スポンサーから聞いたけど、今回のサブタイトルのうちの『癒しの女王』ってのは、要はミクをイメージしてるんだって。人気アイドルのミクが、ファンタジーRPGの世界で輝かしく鮮やかに大活躍する映像もりだくさん、颯爽とクリアする場面が、このゲームのプロモーションに欲しいらしいわ。『癒しの女王・初音ミク』が、確実に、一番活躍すること」
「断言しますが」ルカは無表情で言った。「このゲームでそれは不可能です」
「わかってる」MEIKOは言った。「あとで編集するしかない。ミクを蘇生させて、なんとか活躍する場面を作って、そのシーンだけ映像を繋ぎ合わせるしかないわね」
 リンは絶句した。今のMEIKOの長期的な計画と、その中での自分達の占める役割に対しても、心底うんざりする。……しかし、当面の問題、ミクの蘇生費用を溜め込むだけでもどれだけの時間がかかるのか。なにしろどんな敵と戦っても、手に入る金貨など数枚からよくて十数枚、文字通りのはした金なのだ。
「この鎧をまた売ったらどうだろう……」KAITOが控えめに、自分の薄汚れた鎧を指差して、静かに口を開いた。「費用の足しにならないかな……」
 リンはうんざりしてその鎧を見た。以前の胸甲鎧にかわって新しく購入したばかりの、しかしいかにも使われ古した磨耗と凹みが著しいその板金鎧、その代金の大枚金貨750枚のために、一行はいったいどれだけの危険と労力にさらされたのか。さきのレンの内臓が飛び出したのもその過程でのものだった。その払った犠牲を半分無に帰すという話だ。
「それを売って半額、かわりに一段か二段下の鎧を買っても、たいして足しにはならないし、防御が下がることの方が問題じゃないの」MEIKOは言ってから、「下がる……上がる……ええと、どっちだっけ」
「このゲームでは『鎧が薄くなる』は'increasing the points' of the armor classesですが、『装甲等級が悪化する』という語を用いるのが良いと思われます」ルカがリンら日本語VOCALOIDには聞き取れない、外国語ライブラリからの出力をまじえて言った。
「ともかく、それを着て戦った方が稼ぎは早いってことね」MEIKOKAITOに言ってから、ルカに向き直り、「……で、問題は、どこで戦うかね。できるだけ危険を最小限で、できるだけ早く稼げる場所」
 以前のルカの話では、元となった古典ゲームでは、ある場所で『祭壇の幽霊』が無限に出てきて稼げる、という定番の技があったらしい。しかし、その無限再出現のタイミングがこのネットRPGでは元と違うらしいこと、一行は『善』パーティなので『幽霊』は友好的なことが多いこと、今回のゲームは『幽霊』が一度に2体以上出てくるバージョンが元になっていること、それ以前に、前衛の攻撃力が足りない上にミクが死んでさらに大幅に戦力が低下していることで、効率的ではないとのことだった。
「もういちど1階に戻って地道に稼ぐしかない? 1戦ごとに金貨何枚かずつ」MEIKOがけだるげに言った。
「正攻法ではそうですが」ルカは言ってから、無表情ながらもしばらく無言を続けた。
「何?」MEIKOがルカを振り向いた。
「2階の敵からは、高級品の品物が手に入る可能性があります」ルカが言ってから、MEIKOを指差し、「しかも、私達の一行は品物の価値鑑定ができる『司教』がいますから、鑑定に成功したものを売れば、一挙に数千枚の収入になります」
 一行の周りの表情が変わったのを見てか、ルカは続け、
「ただし、2階には先ほどのような首切りや、麻痺、毒を持った敵が何種類かいます。危険さも比べ物にならないほど高いものになります」
 MEIKOは少し(相変わらずけだるげで、気がないようにではあったが)考えてから、
「麻痺は、前にKAITOが食らったときとは違って、今はルカが”治痺”の呪文が使えるわね。毒は薬を余分に買い込んで行けばいい」
 ルカは頷いた。『魔術師』のリンの方を見て、「リンの”大炎”、虎の子のグループ攻撃の呪文が1回あれば、2階の敵に、少なくともまるで歯が立たないということはないはずですね。あとは注意すべきは不意打ちの類、ですが」
「ちょっと待ってよ! この上まだ危険な方を続けるの?! おねぇちゃんが死んだのに!?」リンはたまらずに、遂に口を挟んだ。「前の戦力でも死人が出てるのに、前より戦力が減ってるんだよ!? もっとひどい被害が出るよ!? このままじゃ、他のみんなもどんだけ危ない目にあうの!?」
 そのリンの言葉に、レンがはじめて顔を上げ、リン同様に訴えるような目でMEIKOを見た。
「別に構わないでしょ、誰が危ない目にあったって死んだって」MEIKOはそのリンとレンにあっさりと言った。「何人犠牲が出たって、最終的に『ミク』が生きた状態で、ゲームクリアするときに居ればいいのよ。それでスポンサーは納得するわ」


(続)