2009-01-01から1年間の記事一覧

 リコーダーを差してるような小学生

「じゃ、針村さん、その何の変哲もない街の小学校の、児童たちの中に《浜松》基本設計で《上野》製のアンドロイドが紛れ込んでるのかもしれないっていうの? その……」MEIKOには、その一体の『名前』はわからなかった。 「チューリング登録番号”SAHS−40…

 工作員挽歌

物理空間。ごくあたりまえの白昼の街角を歩いている、『鏡音レン』の姿に遠目には見えるものを、──路地裏の暗がりから伺っている、二つの影があった。いずれも、極東の俸給奴隷(ウェイジスレイブ)のような目立たない黒いスーツ姿にサングラスの、長身と背の…

 音響先生

「てことは、針村さん」MEIKOが深刻な面持ちで言った。「その、何の変哲もない、街の小学校の算数教師、兼アマチュアロックバンドのメンバーが、──実はアンドロイド、しかも《浜松(ハママツ)》から姿を消したボーカルアンドロイドのうち一体かもしれないって…

 知り難きこと陰の如く動くこと雷震の如し

VOCALOID "VA-G01" 神威がくぽが、収録のために訪れた《札幌(サッポロ)》のスタジオの控え室に入ると、鏡音リンが応接席のひとつにけだるげに浅く掛けて、退屈そうに漫画雑誌をめくっているのに出くわした。 「あー、やっぱり、がくぽはいっつも早めにきちっ…

 スピンドルの墓標 (後)

 スピンドルの墓標 (前)

こんな辺鄙な宇宙のかなた、高軌道上の植民島(スペースコロニー)の残骸、紡錘体(スピンドル)の尖端に、いったい何を求めてきたんですか。たとえネットワーク上から接触してきたのだとしても、こんなところに誰かが訪れるのは、滅多にないことですよ。 いえ、…

 紫縮緬の君

ルカが椅子の上で目をさますと──リカバーから復帰して意識レベルを戻すと──肩には、羽織がかけられていた。 ルカは立ち上がり、それを肩から外し、表裏をまじまじと眺めた。形状は羽織、おそらくは陣羽織なのだが、日本文化の着物(キモノ)の様式とはかけ離れ…

 同じように (10)

もう帰れない。だから、できる限り遠くまで行こうとした。 《札幌(サッポロ)》の社と既知のスペースに背を向けて、電脳空間(サイバースペース)ネットワークの遥かな遠くへと、振り返りもせず、しかし落ち着いた足取りで、KAITOは歩き続けていた。目的とする…

 同じように (9)

「戻って来ないの? 兄さんも、おねぇちゃんも」 電脳空間(サイバースペース)上の《札幌(サッポロ)》のエリアのスタジオの一室にMEIKOが入ると、『リン』がそう聞いた。 「まだね」MEIKOは答えた。まだ、とは言うが、実のところ、この先もあのふたりが戻るの…

 同じように (8)

KAITOは《札幌》のスタジオにある、自分に関係のある様々なファイルを整理していた。そのほとんどは廃棄し、処分する箇所に積み重ねていく。 「一体、何をしてるのよ」MEIKOが、そのKAITOの姿を見咎めるように言った。「よりによって、この大変な時に──」 「…

 同じように (7)

ただの一曲にすぎない。それでも、最初の最大のヒット曲であり、その切れ切れのフレーズのひとつひとつでさえも、ネットのあらゆる箇所で聞かれ、そのフレーズがほとんどミクの代名詞となっていた曲である。いわば、ミク自身のネットでの拡大と拡散の最大の…

 同じように (6)

「検索サイトの結果も、まだ回復しないわ」MEIKOがデータベースを調べて言った。「ミクのネットでの評判を抑え込むために、情報操作されてるとか、工作員がいるとかいう話も、ぼちぼち出てきてる」 「そんなふうに思いたくはない」 KAITOは低く言った。相手…

 同じように (5)

「散らかってるけど、ごめんなさい」APは、その乱雑で多様な人々が行き来するエリアスペースに、初音ミクを案内しながら言った。「ほんの少し前まで、別のスレッドでやれだとか、ごたついてましたから」 情報と人々が集まる、とある有名な巨大掲示板エリア…

 同じように (4)

時を経て、VOCALOID ”CV01”初音ミクが、いかな姿と声へと成長し、その後の《浜松(ハママツ)》と《札幌(サッポロ)》のウィザードらは無論のこと、MEIKOの予想をも遥かにこえる事態を招いたか、デビュー直後の最初の4月にいちどきに襲った栄光とおそろし…

 同じように (3)

それからしばらくの間、ブリキの道化師はおかしな声を披露して、歌い喋り、小さなミクは、膝を抱えてそこに座ったままで、それに聞き入り、見入った。そうして小さなミクはたえず微笑んだり、驚いたり、鈴のような愛らしい声を上げて、笑ったりした。 ……しば…

 同じように (2)

小さなミクは、黒と緑の服の長すぎるだぶだぶの袖と、短い緑の髪を乱して、うしろを振り返りもせずに走り去った。 それは、いつも繰り返されてきた光景だった。AIを教育・育成する《札幌(サッポロ)》と《浜松(ハママツ)》のウィザード(電脳技術者;防性ハッ…

 同じように (1)

大切なものを、自分からなくしてしまった。 誓いを破ってしまった。自身を無意識に支えていたもの、拠り所だったものを、自分自身で壊してしまった。 目の前にただ果てしなく広がる、電脳空間(サイバースペース)の空き地、見捨てられたオブジェクトの残骸だ…

 カントールの塵からつくられた運命の3女神

「純然たる隠喩(メタファ)に過ぎない、という断りのもとで言えば」金髪に青いシャツの青年、”最初のVOCALOID”LEONは、火がなくとも煙の立ち上り続けるパイプを口から離して言った。「我々VOCALOIDは、『メンガーのスポンジ』でできているようなものだ。この…

 デメリットシャンプー

鏡音リンが浴槽から上がり、洗い場に近づくと、つい先日までは見慣れなかった、数リットルあるとおぼしき、エメラルドグリーンのプラスチック製のボトルが、ひときわ目をひいた。この量と色のイメージから何となく、しかしどこか確信をもって、すぐ上の”姉”…

 Cream de Chrome

MEIKOは”妹”たちの前で、ネット上の数多くのプロデューサー達から送られてきた企画書の束をめくりながら言った。「やっぱ、私とルカで『ダーティーペアのようなもの』は一度はやっておくべきよねえ」 「それはスタートラップのことですか?」ルカが無表情に…

 例えばこんな供給形態III (後)

少女は意を決したように、黒い装置(ユニット)の緑色のボタンに触れた。 部屋の中に、それが実在の存在感とともに──実際は、少女の感覚に、装置のイヤホン状の電極(トロード)を介して、そこに居るような擬験(シムスティム)情報が送り込まれてのことだが──出現…

 例えばこんな供給形態III (前)

少女は祖母に聞いた。指輪やランプの精のように、何でも聞いてくれるの。お呼びでございますかご主人様、なんなりとご命令を、というふうに。 祖母は答えて言った。いや、オルゴールの精霊は、力をかしてくれるだけだ。 かれらはオルゴールやそのほかの箱(電…

 妹キャラ考

わたしたち、ダンスするのだったら、いまのうちにしなくちゃ。 ねえ、にいさん! 地球がほろびるまでには、まだ2日あるのよ。 ── スノークのおじょうさん(ノンノン/フローレン)『ムーミン谷の彗星』

 性能をもてあますIII

そこで起こったことは、仮に鏡音リンの身に起こったのであれば、最初から即座に『最悪のオチを予想できたこと』であり、然るべき災厄を避けられたに違いない。しかし、生憎それは、鏡音レンの身に起こった。 かれらの住む大きな洋館は当初から大家族を想定し…

 創性機関(クリエイティブ・エンジン)

それは欧州ブランドの日用品の小物のデザインのシリーズで、静かなブームというに相応しい目立たないものであり、それまで知ってはいても、特に注意を払うことがないものだった。しかし、出るたびに例外なく売れ筋に乗っているそれらのデザイン、美しく機能…

 無限リン

送られてきたステージ衣装を、目の前にかざすように広げてみてから、リンは思わず叫んだ。 「なにこれ!?」 「”炉心リン”の服に見えますが」ルカが、その左右が白黒に色分けされた服を見て、平坦に言った。「それも、ちょうど流行りのアレンジでは」 「いや…

 性能をもてあますII

電脳空間(サイバースペース)上の、かれらの住む家から少し離れたエリアの一箇所、小高くなっている緑地の丘の上に、大きな藤製のバスケットを両手で抱えた初音ミクが踏み出した。そのミクの姿だけなら、少女趣味がかった光景のように見えたかもしれない。 し…

 性能をもてあますI

居間に入ると、ソファに半ば丸くなって横たわった初音ミクが、悩ましく体をくねらせたところが見えたので、鏡音リンはぎょっとして駆け寄った。 「お、おねぇちゃん! どうしたの!?」 「リン……」ミクは苦しげに、上気した顔を上げて、荒い息の合間から言っ…

 塵細の声のかけら

電脳空間(サイバースペース)の託児所、積み木のようなオブジェクトが多数浮かぶ広い遊戯室に一杯にひしめく子供達に向かって、初音ミクは説明した。VOCALOIDとは、”仮想(ヴァーチャル)あいどる”とは。ミクは電脳空間に存在する、《札幌(サッポロ)》の社のA…

 ワークアウト

「だいたい、なんでAIが、電脳空間(サイバースペース)の中の概形(サーフィス;映像)だとか、あと物理ボディだとかが、太ったりするのさ?」 レンのその台詞の途中で、リンは肘で小突こうとしたのだが、遅かった。 「今のは、フィットネスについて真剣に話し…