Troublesome Gemini (2)


「あのさ、その、今の」レンは上体だけ起こしたそのままの、腰がぬけたような姿勢で、かすれた声で言った。
 その慌てるレンの姿に、MEIKOは平然と目を移した。
「あの、今の……ボクの、夢さ、ひょっとして見てて」
「ん」MEIKOは何でもないように、再びモニタを見て、生返事した。
「その……あのさ、……言わないでくれる?」レンはうめくように、何とか続けた。「誰にも……その、特に、リンにはさ!」
 MEIKOはふたたびレンを見て言った。「いや言いやしないってばそんなこと」
「本当に……!?」レンはMEIKOを凝視した。MEIKOの台詞は、この口調であっても、信用できないとか重みがないというわけでは必ずしもないが、MEIKOは万事出たとこ任せなので、結果的にこっちの希望の通りに進まないのは、大いにあり得る話なのだ。
「だって、今までだって言ってないし」MEIKOはモニタに目を戻して、平然と言った。
 レンはしばらくの間、その言葉の意味を反芻してから、
「……『今まで』って!?」
「今までも、しょっちゅう今みたいな夢を見てたでしょ」MEIKOは平然と言った。「レンの開発途中の頃のデータの中、電脳の記録に、あれと似たようなレンの記憶の映像が見つかったことあるわよ。歌の師匠の私しか知らないけど。でも、それをわざわざ、他の誰かに言ったりしてないし」
 レンは口をあんぐりとあけて、数分間はそのMEIKOの姿を見たままだった。



「てか、レンが別にあんな夢を見たって、驚くようなことでもないっていうか、ごく当たり前のことなんだけどね」MEIKOが素っ気無く言った。「だから、もし周りに知れたところで、その周りにとってもどうってことないし」
 レンはそのMEIKOの言葉をまるで理解できなかったが、やがて、ようやく聞き返した。
「当たり前って……どういうこと?」
「んー」MEIKOは説明のための言葉を選んだようで、「ボーカルアンドロイド、”CV02”、リンとレンの開発の頃の事情、もともとひとつの声と人物像(キャラクタ)だったのを、一体のVOCALOIDとしては大規模になりすぎたから、”陰陽・両性”の二極に分極させた、ってのは、知ってるでしょう。元々一体なのが、鏡に映った像とで、見かけ上は二体あるように見える。元々AI(精神)が一つだったのを別人格にしてるから、リンとレンとはAIの霊核(ゴースト)、つまり精神の一番根っこの大本の部分が、今でもつながってるんだけど」
 MEIKOはさらに言葉を選ぶように切ってから、
「で、そうやって、あとから両性に分離したもんだから、アンタ達の精神には、対極のもの、自分からは無くなったモノに、無意識に強く引き付けられるってのがあるわけよ。レンが、周りのどんな女にもホイホイついていくのも、かと思えば女装がえらく似合うのも、レンには『自分から切り離された”女性”の部分を取り戻そう』って、無意識の影響があるから。……けど、レンのそういう欲求の中でも、一番わかりやすいのが、分離した”かたわれ”を求める無意識」MEIKOは念を押すように、「レンの中にはいつも、”リンとひとつになりたい”とか”リンと合体したい”とかいう、根本的な衝動があるのよ。もちろん性的な意味で」
 レンはそのあたりのMEIKOの言葉の表現に、ごくりと唾を飲み込んでから、
「でも、そういうのって、何か……その、おかしなことじゃないの? 変に思われたりすることじゃないの?」
「何がどう」MEIKOは素っ気無く言った。
「だから……ボクとリンって、その、世間から見たら、”双子”とか姉弟じゃないか。そんなリンに対して、そんなふうに思うのとか、その、……性的な意味で」
「別になんにも。そんなふうに思うのも、『開発の事情でそうなった』ってまっとうな理由があるわけだし。だいたいそういう無意識を持ってたって、それを表に出したり、実行することとは何も関係ないし」
 MEIKOは平然と言った。
「他の──まあ、例えば、そのへんの人間の男女だって。穴があったらぶちこみたいとかたっぷり熱いの注ぎ込みたいとか、棒があったら奥までくわえこみたいとか飲み干したいとか。誰でも、遺伝情報を残すために常に根本的な動機として持っていて、その欲求が、芸術を創作するときのエネルギーになったりとかするんだけど。でも、その欲求をどれも本当に実行するかとかの問題とは関係ないし、そんなことを奥底で思ってるから異性に普段から気兼ねしてるとか、特に無いでしょ。……そういう誰にでもある同じような動機が、レンの場合はたまたま、身近な”リン”って姿になって現れてるだけだわ。逆に、気にしたり表に出したりしない方がいいのよ」
 レンには、それらの語の意味がよく判らない上に表現がどぎつく、いまいち飲み込めなかった。(さらには、MEIKOがあまりにも当然のことのように言うので、何かの拍子にMEIKOがリンや他のVOCALOIDたちにあっさりと喋ってしまうのではないかという、一抹の不安がよぎった。)
「それはともかく」レンは、なんとか考えを元の話に戻そうとして言った。「ボクの夢の中に、リンが出てくるのは、……ボクの頭の中のどこかで、無意識に勝手にそんなリンの姿を考えたとしても、おかしいことじゃない、ってことでいいんだね……」



「……んーでも」が、しばらくしてMEIKOが、まるでとりとめもなく思い出したかのように、けだるげに言った。「そのリンが、ただのレンの頭の中だけのものかどうかは、わからないんだけどね」
 レンはぎくりとした。「……わからないって?」
「だから、あのリンは、レンの妄想とかじゃなくて、本物のリンがああいう行動をしてるのかもしれないってこと。もしかすると、リンも同時に同じ夢を見てて、あれはリンの中でも起こっていたことかもしれないのよ」MEIKOは軽口のように言った。
 レンは呆気にとられた。
「さっき言ったでしょ、リンとレンはいまだに繋がってる、AIの霊核(ゴースト)部分、つまり、精神の一番大本の部分は『共有』してるわけだから。夢だとか潜在意識は、同じものを、同時に見てるかもしれない。あの夢の世界にはリンも同時に入っていて、あれはリン本人だった、リン自身の行動だったって可能性があるわね」
 レンは、その言葉の意味をおぼろげに察すると、かすれた声で尋ねた。
「可能性って……どっちなの!?」
「んー、わかんないわね」MEIKOはあっさりと言った。
「なんで!? わかる方法はないの!?」レンはMEIKOを問い詰めた。
「ないわ。わからないっていうか、そもそも、本人達以外には区別する方法がないのよ。『レンの潜在意識』と『リンの潜在意識』は、共有していて区別できない、その夢の世界の中の出来事は、リンが考えていることなのか、レンが考えていることなのか、外からは区別ができないのよ。……まあ、ていうか、区別できない以上、どっちでも同じことだと思うんだけど」
「ぜんぜん違うよ! ボクが一人で勝手に考えてるのと、本物のリンがボクにああしてるんじゃ、ぜんぜん違うじゃないか!」
「いや、それでも同じよ。てか、例えば、レンが一人で妄想の中でリンとあんなことやこんなことをしても、あるいは、リンとレンが二人で現実の世界で同じことをしても、他人から見たら、同じ『CV02の中で起こってること』で、ほとんど区別がつかないんだから。だから、さっきの夢を他人にばらしたってばらさなくったって、べつに同じことなんだけど……」
 レンはそのMEIKOの言葉の後半部分は聞いていなかった。問題は、リンがあの夢を見たのかどうか、リン自身があの行動をしたのかどうか──レンに対してああしたという、その『自覚』があるのかどうかだ。
 自分が日々あんな夢を見るくらいにリンに欲求を覚えているだけでなく、リンの方もレンに対して、日々あんなことをする欲求を持っているのかどうか。それは、考えてみるだけでもレンの鼓動が早まり、手足が熱を持ったように震えてくるほど、大変な問題である。それはかえって、今まで一緒に居ても当然、居ても何も感じなかったリンとレンの間だけに、なおさら重大な問題である。



(続)