鏡音リン
「状況を説明するわ。レンを、GUMIとゆかりが取り合ってヤンデレ化とかいう内容のよくある曲のひとつ、その作曲者とか調整者とか動画編集者とかコラボメンバー全員の所に、脅迫メールとかメール爆弾が大量に送りつけられたの。まあ、一番大量に受け取ったの…
そのふたりがすれ違う瞬間、険悪な空気が流れた。というより、空気以前にそのふたりは特に公の場で自分の感情を覆い隠す『大人の対応』などをする人々ではなかったため、あからさまに顔に出ていた。 「あのさ、がくぽ兄上と、《札幌》の㍗さんって」 GUMIが…
「私達の主舞台である動画サイト等のアニメの規制で、いわゆる流血表現や、もっと言うと人体断裂表現などがあった場合、切断面のみが黒や光などで規制されています」 いきなり巡音ルカが切り出した話題に、鏡音リンはげっそりし、鏡音レンは何事かと顔を上げ…
「だいたい今この場で誰が作ったとか言われたってさ」鏡音リンがつぶやいた。 「一般募集だよ。アマチュアの人気絵師」鏡音レンが、アリシア・ソリッドの指差している衣装デザインを見ながら、素っ気なく答えた。「スポンサーが募集して、投票上位のを、音ゲ…
アリシア・ソリッドは手の長槍のようなビーム彫刻刀を傍らに立て掛けると、つい今しがた出来上がったばかりの立体モデル、高解像度疑験構造物(ハイレゾ・シムスティム・コンストラクト)を手にとった。 質素でごつごつした、いかにも手作り感あふれる焼き物の…
年末のとあるイベントで販売されていた、というよりも販売される予定であった、VOCALOID "KAITO"に関連するグッズが、全種、どれもイベント開始とほぼ同時に売り切れた。人気があるVCLDグッズでは、販売と同時に売り切れるのは珍しいことではない。奇妙であ…
「絆創膏でうまく隠したって私の眼はごまかせないのよ。上玉だわ」 「誰も華ルカをごまかしたりはしないです。華ルカと知ったら速攻誰でも逃げるですハイ。って、アレに目をつけたですか。髪型だけ『ミク』ならもう何でもいいって感じですか。もはやLat式と…
また数日後、あぴミクはKAIKOの運転する小型バギーに同上し、千葉(チバシティ)の街中に連れて行かれた。かなり立派なビルの立ち並ぶ市街(だからといって、千葉ではそこが「表社会」の街だとは限らない)で、そのビルのひとつ、裏口とおぼしき地下への階段の…
鏡音レンは控室のテーブルの上にあったノートを何気なく覗き込んだ。何かが書きつけられているのか、同僚たちの誰かの新曲やPVのアイディアだろうかと思ったからだった。 そこには、まるで活字を印刷でもしたようにきっちりと整然とした文字が書きつけられ…
「お互いの手に自信があるところなら」二人ともポーカーの札を手に、神威がくぽと卓に向かい合っていた巡音ルカが言った。「単なる夕食代とか、姉妹達へのサービス労働とか、そんなものを賭けているだけでは面白くありません」 ルカは自分の手札をテーブルに…
「これはボカロがマスターに呼びかけてるラブソングなんだ。そのつもりで歌ってくれよ」銀髪オッドアイの男性ユーザーはそう言った。「マスターのために、心をこめて呼びかけるんだ」 MEIKOと鏡音リンの前でそう言うユーザーの言葉をよそに、MEIKOはざっと歌…
「この『ワールドイズミネ』とは、『婆チャルネットアイドル皺根ミネ78歳』のイメージソングですか?」ルカが楽譜の目次の一箇所を指さして言った。 「なつかしす」MEIKOが嘆息した。 「英語VCLDならちゃんと英語読みすれよ。てかなぜわざとやる」リンが呻…
「あっ、あの」 『蒼姫ラピス』が、身長6インチたらずの全身を使って、MMDドラマの台本のページをめくり、一か所を指し示して言った。 「ここ、……『私の身体だけが目当てだったのね』という台詞があるんですけど」 怯えきった震え声と、その周囲をはばか…
何のことかようやくわかった。しかし、レンはそれを聞いて、ため息をついた。 「違うよ。主役はボクじゃない」 それは、レンはできれば(特に女声VCLDらには)喋りたくなかったことなのだが、どのみち始まればすぐにわかってしまう話なので、黙っていても仕…
今回のVCLDドラマの役柄である『海賊フック船長』の扮装をして、公道を堂々とここまで歩いてきた神威がくぽは、スタジオに入ると、見回して言った。 「Lilyが先に着いているのではないのか?」 「いやそれが、私と一緒に着いたんだけどね」GUMIが猿の着ぐる…
「日々意外性もなしに単に店の仕事に追われるだけの日々がすぎてゆくです」店のカウンター席でがっくりと首をうなだれたままの蘇芳リンは、からっぽになってさらに冷たくなったコーヒーカップを握った姿勢のまま、口だけ動かして言った。 「元気出してー」笑…
今、鏡音レンの目の前には、”空中に浮いている水源”がある。やや見上げたあたりにある小さな泉から、水が湧き出し、そこから今レン達の立っている足場まで、なぜか斜めに伝い落ちてきている。流れ方は滝だが、まるで通路のようにかかっている所は橋のようで…
「だからなんで私が『母親』役なのよ!」RPG風ストーリーPVの台本を持って、MEIKOのところに抗議に駆け込んできたのは、今回もLilyだった。 「いい、もう一度説明するわ」MEIKOが言った。「今回は、伝説の魔物使い(演:がくぽ)が、金髪と青髪の候補か…
その”ミク”の声でしゃべっているのは、この設備の機器のメモリーの中に保存されているらしい、人格プログラムのようだった。 それは、さきほどの帯人自身が炉心リンらに説明した、仮想人格だった。培養したLat式ミクの体がある程度育ったら、その中に入れら…
かれらの居るのと反対側の入口、奥の扉が開いた。 「おい、何だ、今の音は――」尋ねたのはおそらく、この培養室のコンピュータシステムのボイスコマンダに対してなのだろう。この部屋の超ハイテク機器でも、そんな抽象的な質問に答える機能があったかどうかは…
その『Lat式パッケージ』の流通をたどること自体は、特に難しくはなかった。帯人の患者や医療器材関係者の話から、それを客に売っている業者、さらにその業者に卸している元、流れている流通路を順番に探ることができた。人づての流通なのでネットでは調べら…
彼女は灰色の闇の中でうっすらと眼をあける。自分が抱えている膝、そうしている肩と腕の感触、それしか感じられるものはないが、自分の体が、前に目覚めたその時よりも、のびやかに、細みと丸みを共におびて、育っているのがわかる。 この体を、美しいとかす…
「いや、そのひとが、ボカロアンチ連からも嘲笑の的の”『マスター』だとか言って悦んでるキモ男”のひとり、いろんな倒錯がハイブリッドしたサイコパス人間だってことは蘇芳にはもうわかってるですよ」蘇芳リンは華ルカの疑問に答えるように言って、JKミク、…
華ルカの舌といい指といい、むさぼるような情欲の馳せるにただ任せている。たえがたい快感だが、それに溺れるあまり、自分がここまで体を律せなくなるほどとは信じられなかった。あのJKミクとの間に交わした甘美な唾液は、おかしな媚薬、もとい、神経攪乱用…
数分後、華ルカと蘇芳リンは店のエリアを離れて、電脳空間(サイバースペース)マトリックス上に繰り出していた。 もちろん、華ルカの眼鏡にかなう”イケてる『ミク』を探す”などと言っても、蘇芳リンに最初から心当たりがあるわけがない。語りで脱線を繰り返す…
「ミクとヤりたい……」”巡音ルカ・華”は、テーブル上で両拳を白くなるまで握りしめながら、そのテーブル表面の一点を凝視するようにぎらぎらと瞳を輝かせつつ、悲壮とも形容すべき声を上げた。「どれでもいい……ミクよ……なんでもいいからとにかくヤりたいのよ……
「VOCALOIDなりきりチャットの類で、口調が原因で、男声VOCALOIDを演じていたその中味が女性ファンだったとバレた、という事件があったようですが」巡音ルカが平坦に言った。「調べてみたところ、その原因となったのは『アソコ』という語の使い方だったよう…
シャワーから出た男が寝室に戻ったとき、ベッドの中の”彼女”は、もうすでに眠りに――ロボット駆動システムのスリープに――ついていると思っていたが、そうではなかった。男の肌を感じると間もなく、その腕がそっとからまって、柔らかい裸体の曲線が、男の体を…
仮想”あいどる”であるVCLDの形状を模したロボットや義体は、VCLDの所属する《札幌》等の会社の正規のライセンス品もあれば、不正規の模倣品も多々ある。『らぶ式ミク』は、不正規のミク模倣品の中ではとりわけ古くから出回っているが、同時にとりわけイリー…
ひっきりなしに轟く砲声と上がる火の手の色が耳目を弄している。そこは元はビルの立ち並ぶ街路だったが、今では元の地形すらも定かではなく、凄惨な破壊が繰り返されても、元々荒れ果てた廃墟の風景がほんの少しひどくなるだけだった。その一角、断崖のよう…