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 ハートワイヤード (9)

苛まれ打ちのめされつくしたリンの、その笑みを見て、相手の、企業傭兵の手が止まった。 「何がおかしい……」 「以前のあたしは、あんたと同じ。ものを壊すことや、台無しにしかできないゴミだった」リンは血の泡の中から呟いた。「今のあたしはそうじゃない…

 ハートワイヤード (8)

居室の中には、低く響く轟音が続いていた。何かが連続して外壁に当たる鈍い音、緩慢な低い爆音、さまざまな音が断続的に続いている。炉心リンの知識上、何かははっきりわからないが、おそらくはこの建物に使用されている、ガンシップ(攻撃ヘリ)の武装だ。 ア…

 ハートワイヤード (7)

炉心リンはとぼとぼと、環境建築物(アーコロジー)の廊下を歩いていた。さきに倉庫の廃棄物の中から見つけたナイフを見つめる。ホサカ・ファクトリィ製の高周波震動ナイフだ。……再び黒レンと共にさまよう生活に戻れば、補給は何かと期待できないので、できれ…

 ハートワイヤード (6)

何日かして、まだ外に出られない炉心リンにはあまり関係ないが、雨があがった。有害物質の雨がしばらく降らず、空気が綺麗になってきた。炉心リンは何となく清浄さを求めたくて、環境建築物(アーコロジー)の大きな浴室に湯を通し、体を洗おうと思った。 鏡で…

 ハートワイヤード (5)

降り続いていたじっとりとした雨が途切れたその日、炉心リンは環境建築物(アーコロジー)の途中階の廊下から、続くベランダに出た。どれだけ動けるようになったか、歩いてみた。だが、外気を感じられるところまで出たところで、足もとがふらつき、すぐに手す…

 ハートワイヤード (4)

”帯人”がやってきて、アカイトと共に何度か別のところと行き来する、その途中で炉心リンは意識を取り戻し、自分たちがその環境建築物(アーコロジー)の中の一室に運び込まれていることを知った。 外観のみから見るとあまりにも奇怪な風体のその男、ストリート…

 ハートワイヤード (3)

廃ビルの立ち並ぶ《千葉市(チバシティ)》の場末、そこにやや目立つ大きさと高さでそびえ立っているのは、よく見ると、その形状もどことなく他とは異質な建物だった。さらに細部を観察すると、経年による汚れや劣化が、周りと比べて異常なほど少ないことにも…

 ハートワイヤード (2)

しとしとと雨が降っていた。《千葉》の濁りきった暗天をさらに黒くして、酸やその他の有害物質の雨が降っていたが、炉心リンや黒レンにとっては、それ自体はどうということはないと思えた。今までも、雨の中で追っ手から逃げたり戦ったことはあった。 裏路地…

 ハートワイヤード (1)

そこに少女の姿が踊るのと、刃が走るのと、どちらが先だったのか。外から見た者には、誰にもわからなかった。確かなことは、4人の男が喉からおびただしい血を噴いて路地に倒れこんだ、それよりも後に、”炉心リン”の黒と白と金の姿が、その路地に現れたよう…

 神威女難剣血風録 (4)

と、不意に、両者の視界に、風を切る唸りさえ立てて、何かが閃き入った。 がくぽとVY2は、弾かれたようにどっと一気に飛び退いた。飛来したそれは、音を立てて庭の立ち木に突き立った。がくぽとVY2は飛び離れたそのままで、深々と刺さっているそれを凝…

 神威女難剣血風録 (3)

ルカは《神田》の社のエリアのうち、VOCALOID自身やスタッフのスペースに入っていった。廻り廊下、すなわち和屋敷で部屋の障子と和風庭園に面した廊下を進んでゆく。VY1やVY2の出入りするこのあたりのスペースは、和屋敷をモチーフにしているが、例え…

 神威女難剣血風録 (2)

巡音ルカは落ち着き払って淡々と、まずVY1についての、ここしばらくの仕事の記録を調べた。人物像(キャラクタ)を売り出している《札幌》、《大阪》や《上野》所属のVOCALOIDらと違って、《神田》所属のVY1やVY2には、アイドルのような派手な活動は…

 神威女難剣血風録 (1)

神威がくぽと巡音ルカは、薄青色の格子(グリッド)の空の下、開けた荒地のような場所を早足で馳せていた。電脳空間(サイバースペース)内、がくぽの所属する《大阪(オオサカ)》の会社にあたるエリアの近くのスペースである。 「あそこです」ルカが一方を指差し…

 岬の教会

KAITOと初音ミクがその『岬の教会』のある場所だという、村はずれの土地にやってきたとき、そこには『教会』どころか、明らかに『岬』さえも見当たらなかった。 きっかけは、誰かわからない作詞者の作った、岬の教会の歌だった。その歌詞の中に、波間に洗わ…

 Troublesome Gemini (5)

「……かなりマズいことになったわね」 モニタに表示される数値を覗き込んでたMEIKOが、やがて言った。 リンとレンは、さきほど手が触れて閃光が走った直後から、床に並んであおむけに横たわり、すっかり意識を失ったまま、ぴくりとも動かない。そのリンとレン…

 Troublesome Gemini (4)

一連のメンテナンスの試験も終わりに近づいたその日、リンとレンはMEIKOに連れられて、かれらが開発され所属する《札幌(サッポロ)》の社の一室にやってきた。そこは、VOCALOIDの研究開発スペースの片隅にある広い一室で、入ってみると試験機器が山積みになっ…

 Troublesome Gemini (3)

「何をじろじろ見てんのよ」携帯オーディオプレーヤを操作しているように見えた鏡音リンは、不意に、顔だけ上げて、レンを叱り付けるように鋭く言った。 しまった、と思った。今日レンは自分では、できるだけリンの方を見ないようにしていたつもりだったのだ…

 Troublesome Gemini (2)

「あのさ、その、今の」レンは上体だけ起こしたそのままの、腰がぬけたような姿勢で、かすれた声で言った。 その慌てるレンの姿に、MEIKOは平然と目を移した。 「あの、今の……ボクの、夢さ、ひょっとして見てて」 「ん」MEIKOは何でもないように、再びモニタ…

 Troublesome Gemini (1)

その糸は、リンと繋がっているのだと、レンにはすでにわかっていた。 ぼんやりした薄暗い光景の中で目をあけたレンが、最初に見つけたのは、自分の右手首に結ばれている、黄と橙の2本の長いリボンだった。これは確か……以前にリンと歌った一曲の、組の衣装の…

 ただ安息のために (4)

「あらあら、メイコさん、いいんでしょうか?」フリーPは、入り口に立ったMEIKO姉さんに微笑んで言いました。 「何が?」姉さんは憮然として言いました。 「何って……あのう、誰に向かってものを言っているか、わかってます?」フリーPは少し困ったような笑…

 ただ安息のために (3)

わたしはその日になって、直前にようやく決心して、収録がちょうど終わった頃を見計らって、兄さんの収録しているスタジオに向かいました。 兄さんに会ったところで、何を言えるのか、なんてことはわかりませんでした。仕事が増えない方がいい、なんて言える…

 ただ安息のために (2)

「何だか、はかどらない感じね」その日、仕事が終わった後のわたしに、MEIKO姉さんが言いました。「KAITOの仕事の方に走って行くの、折角やめたっていうのに。自分の仕事の方に身を入れるわけでもないようじゃ、しょうがないわね」 そう言いながら姉さんの声…

 ただ安息のために (1)

──いつから、こんなにあわてて兄さんのところに走っていくようになったのか、よくわからないけれど。ただ、それは、わたしの曲が増えて忙しくなったからではなく、兄さんの曲が少しずつ増えはじめた、ちょうどその頃の時期からだったと思います。 その日も、…

 ハートガクポル 第1話 (後)

次第に”月”が動き、地上から見えるその輪郭の大きさに変化があるのが見えた。……が、GUMIとリンにも、明らかに何か異常が起こっているとわかったのは、地表の気流が乱れてきたためだった。遠くで、《秋葉原(アキバ・シティ)》のマトリックスに流れている津波…

 ハートガクポル 第1話 (中)

巡音ルカは、常ながらの冷静な淡々とした様で、GUMIと鏡音リンから受け取ったプリントアウトに目を通した。 リンは、そのルカの手許をなかば不安の入り混じった表情で見つめた。……できればルカには関わってほしくなかったところである。VOCALOIDらAIの中で…

 ハートガクポル 第1話 (前)

《大阪(オオサカ)》所属のヴォーカル・アーティストAI、神威がくぽは、本来ならば秀麗かつ颯爽たる風采のその体躯を折り曲げるようにして頭を抱え、ベンチの上で、何かをぶつぶつと呟いていた。 電脳空間(サイバースペース)ネットワーク内、かれらVOCALOID…

 KAITOの島唄 (7)

日がおちてゆく。最後の海風が、島に吹きつける音が激しくなっている。島をなぶり苛むような波が繰り返し打ち寄せる音も響いてきた。 ネットワークの海に流れ去り消え失せたあの庭園の、碑のそばに立ち、KAITOはその碑のかたわらに置かれたままの、”三線”を…

 KAITOの島唄 (6)

「私が、すべてを作ったというわけではない」灯台守は語り始めた。「かつてこの島が作られたとき──島を作る人間の技術者を助けるため、島の構造や島民のすべてのデータを収め、把握していたが、作る人間たちを補助し、記録していただけだ」 KAITOと共に移動…

 KAITOの島唄 (5)

その何日か後、四声のVOCALOIDは島の端、海辺の光景に沿って、歩いていた。 昼間の間は海風、海から島に向けての風が吹く。たとえそのすべてが仮想の擬験(シムスティム)で再現されている環境であっても、その海風が激しいさざ波の音と共に、海の香りをたえず…

 KAITOの島唄 (4)

突如、まぶたの向こうの明るさに気づいた。──うっすらと、次第に目をあけると、自分の両袖を握りながらKAITOの顔をのぞきこんでいるミクの、今にも崩れそうな表情がまっすぐ目に入った。 KAITOが意識をとり戻したのを認めたそのミクの表情が、突如崩れて、そ…