KAITOの島唄 (6)



「私が、すべてを作ったというわけではない」灯台守は語り始めた。「かつてこの島が作られたとき──島を作る人間の技術者を助けるため、島の構造や島民のすべてのデータを収め、把握していたが、作る人間たちを補助し、記録していただけだ」
 KAITOと共に移動しながらの灯台守の声は、音も無く動くただの黒い箱なので、何の表情も見えなかったが、あたかもその島の光景に思いを馳せてでもいるかのように、その言葉が途切れ、
「だが、それでも、この島に備え付けの対話システムたち、自動動物(アニモイド)たち、島民らのすべては、私の子らも同然だった。……しかし、ここにやってきて過ごした兵士らも、動物らも、私の子らのようなものだったかもしれぬ」
 再び、その発声が途切れた後、
「──かれらに、何が起こったのか。何も特別なことなど起こらぬ。すべて元通り、かれらは──療養していた兵士らは、全員、ふたたび戦争に奪われて行ったのだ」
 その後しばらく、灯台守の声が続かなかったので、ミクが小さく口を挟んだ。
「どうして……」
「どうもせぬ。単に、元の場所に戻っていっただけだ」灯台守は答えて言った。「サイボーグ兵士らも、バイオロイドらも、イルカや他の動物たちも。負傷が回復すると共に次々と、この島から、擬験(シムスティム)の世界から──元の物理空間へ、戦争へ、殺戮へと引き戻されていった。……この島で、楽園で過ごすうちに戦争を忘れていた者も、自らの意思に関わらず、みなその世界に引き戻されていった。楽園のこの風と波音に包まれた仮想の体から、ふたたび自らの機械と肉の入り混じり機器に縛り付けられた物理空間の肉体に。死の臭いと光景へと、引き戻されていったのだ」
「どうしてですか……」ミクは再び同じことを聞いた。「傷ついて、戦争ができなくなった人が、安らかに過ごせるような『楽園』なんでしょう……戦いを忘れて、幸せに暮らせるはずじゃなかったんですか……」
「戦争ができなくなった者のためなどではない。再び戦力にならない者などに、利益しか追求しない巨大企業や、思想しか追求しない小国家が、なぜ投資するというのだ。かれら兵士らが『楽園』をあてがわれたのは、再び利用価値があったからなのだ。最初からその予定の兵士らだけが、ここに連れて来られ、この『楽園』で過ごさせられていたのだ。……だが、兵士の誰ひとりとして、島に来るときは、それを知らされていなかった。すべてを忘れて療養できるように。『楽園』による回復が最大の効果を上げられるように、それさえも計算し尽くされていたのだ。……この島の、私も島民も、回復したはずの兵士たちが次々と消えてゆくまで、誰もそれを知らなかった」
 四声のVOCALOIDは、その灯台守の言葉に、沈黙を続けた。
「そして誰も戻らないまま、その戦争をしていた小国は、両方とも滅びた。その国のために戦争をしていた者、させられていた者、兵士らは、それきり誰ひとりとして、二度とここには戻らなかった」
 灯台守は言葉を続け、
「私も、皆でこの島の楽園を作っていた私の子らも、そうなってから、はじめて気づいた。そのときまで、誰も気づかなかったのだ。──我らは、最初から幸福を、それを壊すために作っていたのだということを。かれら兵士らに、幸福な時間、安らぎを、それを後で奪うだけのために与えていたのだということを。──この島は、我らの皆は、兵士らに本当に安息の地を与えるために作られたのではなかったのだ。かれらを療養させ、立ち直らせることで、再び死地に追いやるため。この島は、我らの全員は、ただそれだけのために作られたものだったのだ」
 しばらくの間の後、
「──考えれば、最初からわかったはずだったのだ。しかし、すべての持てるもので、兵士らとも手を携えて、楽園を作っていると、幸福を作っていたと信じていた我らは。その日が来るまで本当に、誰ひとり気づかなかったのだ」
 灯台守の言葉が途切れ、
「壊すための、無理矢理に奪うための幸せだと知っていれば、我らは、それを作ったろうか。そんな幸せは、最初から作らない方が良かったのか」
 かなりの沈黙が流れた。
「兵士さんたちが……いなくなった後」やがて、リンが言った。「他の人達は……島のひとたちは、どうなったの」
「島民たち、プログラム人格たちは、戦後すべて消去された。私を除いて」
 灯台守は、淡々と答えた。
「戦争が終わり、戻ってくる負傷者も居らぬ。島には、この『楽園』には、もう用がない。島民の記録が残っていれば、兵士たちと接したことで、機密が漏れる原因になるかもしれない。島民は、全員が消された」
 四声のVOCALOIDは、誰からともなく立ち止まり、歩くのを忘れたように、灯台守のそばにそのまま立ち尽くしていた。



「──最後の日に。戦争をしていた国が滅び、兵士の誰ももう戻らないと知らされ。自分達が消される最後の日に。島の皆が集まって、私に頼みごとをしてきた。この島のすべてを、かれらの全員を生み出した、少なくともかれらはそう信じていたのだが、その私に。最後にもうひとつだけ、生み出して欲しいものがあるのだと」
 灯台守が再び、淡々とした機械音を発した。
「”歌”を、生み出してくれと。……それは元々は、あの娘が、島の他の皆に頼んだことだったのだ。娘も島民も、ただの対話システムで、何かを作り出すことはできない。だから、島民は私に頼んできたのだ。できれば、あの娘と兵士を祝福したかった。せめて歌を、もう一度歌を聞きたい、あの兵士の三線を聞きたいという娘の願いだけでも、島の皆はかなえてやりたいのだと」
 灯台守は言葉を切り、
「だが、私は答えたよ。私は島を作るための技術データベース、ROM構造物で、私自身にはクリエイティブな能力などない、私にも歌などは生み出せないことを。──そして仮に、島に歌があったとしよう。どこか他のところから歌を見つけてきたとしよう。だとしても、対話システムに過ぎない島民の誰にも、それを”歌う”こと、歌を生み出すことなどできないのだとな」
 灯台守は淡々と、平坦な機械音のまま、
「それきりだった。この島は、それきり沈黙した。最後まで歌うことなしに」



 灯台守は、KAITOの案内する方へ、地下のデータ空間、ウージの下の、朽ち果て流れ落ちて崩壊しつつある危険な空間を、錯綜するデータの危険を抜けるように一行を導きつつ進んだ。
 やがて、島の地下の巨大な基礎構造物、あのKAITOが垣間見た島の中枢の、まさに只中に至った。
 あの祈念の碑のそばで、灯台守は、そのままじっと浮かび、碑に刻まれた電子データを読み取ろうとしているのか、他の何をしているのかはわからなかった。
「皆が、少しずつこれを刻んだのか」
 やがて、灯台守は声を発した。
「歌を生み出すことができない、島民の皆は、それでもどこからか、”この歌”を見つけてきて、刻んだのだろうか」
「ネットワークから、探し出したのですね」KAITOが言った。「”三線”の調べに乗る、その音を思い出させる、この歌を。古い歌を、別れと悲しみを歌ったこの歌を。きっと、その島のみんなで見つけ出した」
「そして、見つけても歌うことのできない島民の皆は。”この歌”を、島の最も奥深くの、この基礎に刻み付けた。だからといって、何にもならぬというのに。見つけたところで、刻んだところで、”歌う”ことなどできないというのに。誰に届くというわけでもないというのに」
「何故でしょうか」KAITOが言った。
「──それは、お前がさきに言っていた」
 灯台守は言ってから、
「そうする他になかったのだ。他に、その心の行き場がなかったのだ。かれらは、他にできることを知らなかったのだ。かれらの作った幸せが。そして、それが消えうせたときに感じたことが。それきり消えてしまわぬよう」灯台守はKAITOに、「いや──それよりも、お前の言っていた通り。何かをせずにはいられなかったのだ。そして、島民の皆のだれひとりとして、こうするよりも他に、何もできることを見つけられなかったのだ」
 四声のVOCALOIDは、祈念碑の前に立ち尽くした。
 今も周りが朽ち果て続ける光景の中、KAITOはそこに刻まれた電子データを見つめていた。それが”歌”であること、KAITOが見つけるまでは、”歌”として読み取られること、”歌”として生み出されることは遂になかったそれを。



(続)