天空の花嫁を引き立てるには


「だからなんで私が『母親』役なのよ!」RPG風ストーリーPVの台本を持って、MEIKOのところに抗議に駆け込んできたのは、今回もLilyだった。
「いい、もう一度説明するわ」MEIKOが言った。「今回は、伝説の魔物使い(演:がくぽ)が、金髪と青髪の候補から結婚相手を選ぶ、この有名なストーリーの中でも最大の山場といわれている場面よ。その花嫁候補がどれだけ重要な役かは理解できるわね。……で、今回の配役では後で『金髪の双子』が産まれるわけだから、となると、がくぽが選ぶ母親役はLilyしかいないじゃないの」
「双子を産んだ直後に石化して長年過ごすから、思ったほど老けた役じゃないんだってさ」GUMI(今回はゲレゲレ役で、豹皮模様のセパレーツと赤いたてがみを身に着けている)が、台本をめくりながら言った。
「年齢設定の話じゃなくて、私がリン達と『親子』をやらなくちゃならないって設定自体のことを言ってるのよ」Lilyは、それぞれオカッパな魔術師と頭が逆立った勇者の扮装をした、鏡音リンとレンとを指差して言った。
「でも素の絵面からして、VCLD全員の中から探したとしても、誰と誰が血縁役をやって一番違和感がないかって、それは『Lilyとリンとレン』なんだよね」GUMIが言った。
 Lilyは言葉に詰まった。――そればかりは、誰もが異論をはさみようがなかった。
「いい、この有名ストーリーのいわゆる金髪派と青髪派は、今に至るまで論争を続けているのよ。それはボカロカップリング派閥の動画コメ内の罵り合いの比じゃないくらい、長い歴史と深い確執があるわ」MEIKOが畳み掛けようとした。「Lilyの実力と魅力で、一転『もう金髪以外の嫁は考えられない』とか観衆に思い知らせるのよ。しかも、これほどの論争に終止符をうてば、初音ミクとかの”あいどる”の比じゃないくらいに伝説化するわよ。チャンスが与えられたと思いなさいよ」
 野心家のLilyに対するMEIKOのその甘言すら、Lilyの渋面を崩すには至らないようだった。
「……まあ、そんなに母親をやりたくないんなら、結婚相手は青髪の方が選ばれるようにするって手もあるけど」MEIKOがけだるげに言った。
「一応、青髪の方の配役(演:GENを下げたKAITO)も決まってるけど、そっちをがくぽが選ぶのだけは勘弁してほしい」金髪の双子のうち、娘役の鏡音リンがつぶやいた。「私らの髪の色の整合性以前に、絵面からして」
「問題ありません。がくぽ自身に選んで貰えば良いのです」
 と、巡音ルカが言いながらその場に歩み入った。体の曲線を強調した黒と赤の服をまとい、ぶあつい化粧を重ね、髪をアップにしている。きわめつけに、禍々しい棘が無数に生えた鞭を腰にくくりつけていた。そのルカの姿を、全員がおののくように見守った。
「ただし、この有名ストーリーには、金髪と青髪の他に、高飛車でSでデレ分最小限なもうひとりの花嫁候補が加わる、というバリエーションがあります。本当にがくぽに選んでもらうならその3人をそろえた中から、ですが」
「それ私の衣装なんだけど」MEIKOがけだるげに言った。
「ふたりいて収拾がつかないのがなんでもうひとり追加して解決になるんだろう」GUMIが素朴な疑問を述べた。
「ていうかどさくさにまぎれてかっさらおうとしてるだけで解決が目的なわけじゃないんだよ」リンがうめいた。