かまいとたちの夜 第五夜 ネギトロンジャマーキャンセラー (2)


 数分後、華ルカと蘇芳リンは店のエリアを離れて、電脳空間(サイバースペース)マトリックス上に繰り出していた。
 もちろん、華ルカの眼鏡にかなう”イケてる『ミク』を探す”などと言っても、蘇芳リンに最初から心当たりがあるわけがない。語りで脱線を繰り返す華ルカの要望をなんとか聞きながら、それらしい場所について、ネット上に見当をつけようとした。要するに、女型ロボットや人格プログラムだけが集まる場所、相手を探している場所である。
「《新宿(シンジュク)》のL□−ドみたいなところが《千葉(チバ)》のマトリックス内のエリアにもあるでしょう」華ルカが例示した。
「どーゆーとこですか。なんというか、つまり百合ロボット同士のハッテン場ですか」
「けがらわしい言葉を使わないで」
「どーせーっちゅーですか。言葉をえり好みしてたら、んなわけのわからん概念をどうやって意思疎通できるってんですか」
 蘇芳リンはぶつくさ言いつつも、マトリックスの宙をあおいで、情報流から風水の”相”を読み、データバンクの星雲から天数の”命”を読み、指を折り、卦と神託を採った。その手の人々が集まる場所を探すくらいは、(ネット上のコミュニティエリアというのは、ソフトなものからかなりきわどいものまで様々あることを考慮しても)一般の検索の域を出ないが、華ルカはさらに条件として、それなりにレベルの高いミク型ロボットが集まる場所でないと、と言うのである。華ルカは逐一注文をつけるだけで、むしろ技術的に齟齬したことを言うので蘇芳リンの作業を遅れさせた。華ルカのモデルとなっている《札幌》所属の電脳”あいどる”、電子情報生命体AIの本体、本物のCV03は、人間のウィザードやアデプトでは及びもつかない仮法師(ヴァーチュアーソ)だというが、その外見だけを模倣した人型ロボットが能力まで模造できるわけではなく、この華ルカの電脳技術は皆無であり、空間内に没入せずにネットサーフする人間ら、通称水ガメ(タートル)にすら劣る。話術と性的魅力があればそんな技術がなくてもどんな状況もわたっていける、と華ルカは言う。なのに蘇芳リンに図々しく頼るのだからさっぱりわけがわからない。
 とはいえ、VCLD型ロボットが自分から集まる場所を探せば、いかにも特定の好みに合いそうな”魅力的なミク型”の居そうな電脳空間内エリアを絞り込むことは難しくない。安物のロボットやロボットプログラムは、人間(雇用したロボットに対して主人づらをする、いわゆる自称『マスター』)が自分の身辺から離そうとしないことも多いが、『高級』なロボットや人格プログラムは、むしろ自律してネット空間上を歩き回っていることが多いためだ。さらに、蘇芳リンは神魔(システム・ダイモーン)の一種、プローブプログラム、探査システムを飛ばし、そうしたエリアの近辺に流れている、”マブいミク”だの”百合相手を探しているミク”だのの噂話を収集し、卦のふるいにかけていった。
 結果、邪魔が入りながらも、蘇芳リンが候補地を絞り込むまで、ものの数分だった。操作卓(コンソール)ウィザード以外の素人にはここまで簡単に探せるものではないが、もっとも、こんなものが専門技術として賞賛されるようなことかは疑問である。なにしろ、わざわざシャーマンの能力をこんなことの探索に使う者はいないからだ。
 ……華ルカと、彼女に急かされた蘇芳リンが着いたその目的地のエリアは、センスよくまとめられたクラブのような店内だが(もっとも蘇芳らの働く店ほど安っぽいエリアは滅多にないので、比較しても仕方ないが)何か妙に薄暗く、秘密クラブのようなものかと思える場所だった。
「すんなり見つかったとこにホイホイ入ってきたけど、本当にいいんでしょうか」隅の方の席に、華ルカと並んで掛けながら、蘇芳リンはおそるおそる言った。「結局はその、単に百合ボカロハッテン場を見つけただけなんですよ。悪いひととかいたりしないでしょうか。あの、下手にここのひとに手を出したら”ヤクザ”の息のかかった”びじんきょく”だとかにひっかかるとか」
「”美人局(つつもたせ)”って言いたいの、ひょっとして」華ルカは薄暗い店を見回しながら、蘇芳の言葉には上の空で、「電脳内で、しかも百合ロボットを狙ってひっかける”美人局”なんて聞いたためしがないわよ」
「これからどうするですか……」蘇芳は店内の女性型VCLD(の電脳内イメージら)を見て言った。どんな行動に出るというのだろう。
「どうするって、何しに来たのよ。すぐ逆ナンよ」華ルカは、その店内を物色する目がどう見ても本気だった。
「てかそれって”逆ナン”なんですか。女性をナンパするなら”正ナン”でもあるような気もするですが」蘇芳の逆ナンパの反対を順ナンとか真ナンとか言わず、正ナンと言うのは、やはり占い師だった。
 が、そんなことがどっちがどっちかを検討する暇すらもなかった。蘇芳が今の台詞をほとんど言い終わらないうちに、飢えたルカの目は改めて何かを物色するまでもなく、店内エリアの一点を凝視していた。
 ルカが目星をつけた相手について、蘇芳が視線をたどるまでもなかった。……薄暗いクラブの店内で、その”JK Styleミク”の姿は、カウンター席の上でほのかに輝いているようにさえ見えた。どう見てもこの薄暗い大人の店には場違いな、高級住宅街ぞいの学園からそのまま抜け出してきたような初々しい姿で、それは(その名が示している)容姿だけでなく、なにげない挙措、手や首の線のひかえめな表情すべてにわたっていた。手足の造形といい服装といい、その物腰といい、巷のミク型ロボットではまずお目にかかれないような繊細さである。
「いやちょっと待ってですよ」蘇芳リンがカウンターのその麗しい姿を見つめて、冷静に言った。「てか、あれ、おもいっこしミピンク先輩と同型にしか見えないんですけど」
「どこが同型なのよ。天然寄せ上げの変な乳でもないしフツーのappend bustサイズよ。あにまさ式やDIVA型みたいなフラットじゃなくて、アレが、絶妙な突き出具合がたまらないのよ」華ルカは声色からたちのぼる興奮をおさえようともしなかった。「髪もちゃんと青系だし。だいたい、あの安っぽいピンク女とは気品ってものが全然違うでしょ。まあ、あれで近寄ってみたらエビ臭い、とかいう確率は限りなく低いけれども、仮にエビ臭かったとしてもアプローチをかける価値はあるわね」
「エビじゃなくてオキアミだってばよです。てか、同型ってそういう意味じゃないですよ。さっきは、Tda式そのものがお呼びじゃないって」
「ロマンは理屈じゃないって言いたいところだけど、まだその歳じゃわからないでしょうね」
「はぁ蘇芳にはそのへんの理屈はたぶん永遠にわからんとですよ」蘇芳は言ってから、そのJK Styleに対して、また別の観点の評を付した。「……てか、あれおもいっこし未成年じゃないですか」
「自分ではさっき『ぴくちぃ式とヤれ』とか言っといていまさら何言ってるのよ」
「いや『ヤれ』というとこまではおそらくその、言ってませんですよ」
「女子○生スタイルったって、所詮はただの電脳内イメージでしょ。外も女子○生って意味じゃないし」華ルカは蘇芳リンの忠告をいかにも退屈なものであるかのように返した。
「でも電脳内と外では同じイメージをとる者が大半ですよ。蘇芳も華ルカもそうじゃないですか」
「仮に外もあの年齢だとしたって、”人型ロボットの設定年齢”がどうだっていうのよ」華ルカは畳み掛けるように、「だいたい、仮に未成年とか女子○生だったとしても――電脳空間内で百合プレイをいくらヤったってどうせ犯罪性を立証とかできないわ」
「その最後の一言が特にいろいろと酷い」蘇芳リンはうめいた。
 華ルカは席から立ち上がったが、そこで再び蘇芳リンを振り返り、
「……まあ、さっきの万が一の安全とかの話だけど。一応は私の周囲のある程度の警戒はお願いしておくわよ。荒事になったときのことも考えて、ウィザードのアンタにわざわざここまで来てもらったんじゃないの」
「そうだったですか!?」蘇芳リンはぎょっとして小さく叫び、「いや蘇芳は電脳戦(コアストライク)能力の方は皆無ですし! 情報収集専用でパワーは限りなく生っちょろいですし! いわばハーミットパープルとかトト神の本とかムーディーブルースですし!」
「んじゃいいわ。あとはもう帰っていいから」華ルカは投げやりに言った。結局のところ、本気で警戒する気などほとんど無く、すでにお楽しみのことしか頭にないようだった。
 ……華ルカがJKミクの席の方に向かっていき、声をかけるまで、蘇芳リンはしかしすぐには帰らずに見つめていた。店内の音楽や少なからぬ他の客の声で、彼女らの会話の内容の何が聞こえるわけもない。それでも、自分が片棒をかついだ話の顛末を、ある程度までは無事に運ぶのを見届けたかったのである。無事に話し続ける風景をしばらく見たら帰ろうかと思っていた、が、――両者は立ち上がった。JKミクと、一歩あとに華ルカが立って、店を出ていくのを蘇芳は呆然と見つめた。
「早すぎるです」蘇芳はうめくように言った。「あのルカの御託の多さに反比例したかの如く早すぎるですハイ」
 無論、 逆ナン(か正ナンかはわからないが)にかかる平均の時間など蘇芳は知らないし、華ルカが凄腕なのかもしれないし、実際のところ蘇芳が見ていた時間が正味何分くらい、どのくらいかも不明なのだが、にしても早すぎないだろうか。無事に運んだといえば運んだともいえるが、蘇芳はなぜか逆に落ち着かなくなるばかりだった。



 何も根拠のない不穏に突き動かされて、蘇芳はさきほど二体が掛けていた席に近づいていった。華ルカとJKミクの『足跡』を霊視してみた。電脳空間内の履歴の痕跡は一般人には見えないが、ウィザードにはわずかな手がかりの集積から辿るのはわけはない。まず二体が店から出て行った方の足跡と、そこからだいたいの行先がわかる。向かった先はプライベートなエリアらしく、おそらくはJKミクの方が連れていったのだろう。
 次に、過去の履歴の方に目を向けた。無論、JKミクの方である。
 蘇芳リンは無言でその席を、霊視している方の視界、席を中心に枝分かれして伸びている情報流の蔦を、まじまじと見つめた。
 それから、我に返ったように、まず、あたりを見回した。
 蘇芳リンは席の霊視に目を戻すと、ぱん、と掌を自分の口を塞ぐように打ちつけた。
「……これはマズイです」
 放っておくわけにはいかなくなった。
 ――すぐにあの華ルカとJKミクを追いかけるか? だが蘇芳リンの電脳戦能力でいったい何ができる? 応援を呼ぶしかない。つまり、結局は一度帰る他ないわけだが。
 蘇芳リンはなかば足が宙に浮いたままのように疾走して、店の外へと飛び出した。空中で転換しながら、襟から符印を引き出した。
「地神蕃神地刹霊仙、汝らが名を召す。急々如律令!」
 極東のシャーマンの使う霊符ではない。そもそも神術法術妖術道術だのといった分類には怪しげなプログラムの物理上の出所(そして説明ラベルの言語)くらいの意味しかなく、ウィザードらの術式は実はドルイドだろうがウーンガンだろうが古今東西が混ざり合ったでたらめである。投げ打った符印は電光と化し、マトリックスの街並みのすぐ上の低空まで駆けのぼる。その先には、空に張り巡らされている輝く金線、すなわち、電脳空間のノード同士を接合する鋼線(ハードワイア)とそのプロトコルを示す通路がある。蘇芳リン自身の姿もその電光に覆われ、取り込まれ、わずかに元の姿を残す電光の塊と化して金線の上下を疾駆した。ネットを構成するハードウェアの余剰処理能力に便乗する術、すなわち”《金遁》を借りた”蘇芳リンは、その金線を流れる高速情報流のトラフィックの一部と化して翔け飛んでいった。



 JKミクに連れられて来た、電脳空間内の彼女のホームエリア――やや少女趣味が過剰ぎみながら、女子学生の私室の風景として相応の空間――に入るなり、すぐさま華ルカはJKミクを振り向かせると、その唇を奪った。
 JKミクは最初から何か驚いた様子さえもなく、顎を上げて唇を触れ合わせてきた。これまで落としてきたミク型ロボットやプログラム構造物はいずれも、華ルカの技にどのみち数分で陥落したものだが、それにしても、このJKミクほど躊躇が無いのははじめてだった。実に話が早い。それはこの数分の差のみならず、今後も万事にわたってことがてっとり早く進むということだ。
 JKミクの形のよい唇が触れると、ほんの少しだけ華ルカの唇にその舌が入って来た。その舌が、わずかに華ルカの唇をこじ開け、その唇の間をかすかに撫でた、と思ったとき、JKミクはゆっくりと、わずかに首を仰向けて、じらすように唇を離した。
 柔らかな唇と濡れた舌の妖しいなめらかさの感触が、華ルカの唇に残った。
 華ルカは衝き動かされたようにその感触を求め、上体を曲げてJKミクに激しく覆いかぶさっていた。ふたたびJKミクがぬらりと口を開き、今度は深く舌を差し入れてきた。柔らかく繊細な舌先が、やさしく口内をくすぐる。ねっとりとして滑らかな感触に互いに溺れるかのように、舌をからめて口内の濡れた愛撫を続ける。互いの火照った頬の心地よい熱みが感じられ、甘い吐息が交錯する。まさに女同士でなければ決して味わえない甘い感触だった。
 ――元来、傷病者の代替仮想現実として開発された擬験(シムスティム;全感覚擬似体験)の技術は、性体験のような欲望を充実させる商業主義を介してさらに発達をとげたもので、現在ではその快楽には投入する技術と資金次第で物理空間以上に際限がない。JKミクの誘う体験世界は、華ルカを快楽の水底に引き込み、否応なく溺れさせるかのようだった。慣れているはずの華ルカの方が、誘われる、主導される形になってしまっているが、その認識すらも意識の片隅に押しやられるほどに、その甘美さの誘惑は耐え難いものだった。
 華ルカを魅了してやまない、JKミクの小ぶりながら形よく絶妙に突き出た胸が、薄い両者の上衣ごしに激しく押し付けられている。華ルカの豊かな質量をもった胸が、密着したふたりの熱い躰の間で、その和装の襟元からはちきれんばかりに行き場を求めてあえぐように弾む。華ルカは胸を、首を密着させ、さらに唇を貪り、舌を奥にからめた。背を引き寄せた片手とはもう片方の手で、舌の愛撫にこたえるように、そのJKミクの胸を可憐なふくらみの線に沿わせて繊細な指先で揉みほぐした。愛撫に応じてJKミクの細くも円やかな曲線を帯びた腰と、華ルカの成熟した下半身がくねり、両者の体躯の影が妖しく絡み合っていった。



(続)