there/thing


VOCALOIDなりきりチャットの類で、口調が原因で、男声VOCALOIDを演じていたその中味が女性ファンだったとバレた、という事件があったようですが」巡音ルカが平坦に言った。「調べてみたところ、その原因となったのは『アソコ』という語の使い方だったようです。日本語の用法では、男性は自分の所有するものを『アソコ』とは言わず、その語を使った場合、それは自分ではなく、むしろ手近な女性の所有するものを指すことが多いといいます。男性の場合、『アソコ』ではなく、『ナニ』とか『モノ』とか言うとのことです。なぜですか」
「その二種のグループの言葉の指す対象の差がわかる?」MEIKOはルカに向けて立てた人差し指を回したが、その動きはぐりぐりとどこか卑猥だった。「『アソコ』は場所、つまり物体というより所在であって概念的、じわじわと高まる的なもの。『ナニ』や『モノ』はそのまま物体的。男にとっては自分自身は唯物的、または、直接的、一気に爆発する的なものと言ってもいいわ」
「てかあんたらふたりは、毎日毎日なんて会話をしてんだ……」鏡音リンがうめいた。
「あら、なんて会話って、どんな会話だというの」MEIKOがけだるげに言った。
「私の口から言わせてそんな単語が飛び出す話に巻き込もうったってそうはいかないヨ」
「ふたりとも落ち着いて下さい」ルカが無表情に言った。「『日本語の用法』について私が先輩アーティストに質問しているだけの場面です。帰国子女である私の基本設定であって、VCLD二次創作ではまさに定番の話題ではないですか」
「デビューからこれだけ期間が経ったいまさら白々しいことを言うな」リンがうめいた。