利用される者


「あっ、あの」
 『蒼姫ラピス』が、身長6インチたらずの全身を使って、MMDドラマの台本のページをめくり、一か所を指し示して言った。
「ここ、……『私の身体だけが目当てだったのね』という台詞があるんですけど」
 怯えきった震え声と、その周囲をはばかるべき内容の割には、やたらと周りじゅうに響く声である。ラピスはその身長にかかわらず、フルサイズのVCLD(とはいえ、他にも小柄な者が多いが)と同様の声量を出せるように調整されていたためだったが、その加減を誤っているのではないかと思えることがしばしばある。
「いや、それは、その……意味は深く考えない方がいい、……って、浅く考えたって充分すぎるほどアレだけどさぁ……」鏡音リンが、ラピスの声で響き渡ったその台詞にたじろぎつつ、台本から目をそむけながら答えた。
「あの……つまりこれ、これはMMDモデルの首から下を『中身ありモデル』にすげかえるときに、下心だけで身体だけ利用される中身ありモデルの心の叫びを表現した言葉だってことなんですか!?」ラピスが叫んだ。
 リンは無表情で黙り込んだ。
「ああ! やっぱりわかるんです! きっとそうじゃないかって!」ラピスは両掌を揉みしだくように握りしめ続けた。「私、わかるんです、お人形の気持ちが! そんな目でしか見てもらえない悲しいお人形たちの気持ちが! フィギュア萌え族の獲物を狙って隅から隅まで貪りつくそうとする野獣のような目と指で儚い一張羅さえも無残に剥き尽くされて首から下だけ特に胸だとか下半身のラインだとか物足りない要素があったら樹脂とか塗料とかポリゴンとかテクスチャとかヌルテカスフィアマップをこう欲望をむき出しにしたその指使いで盛り増して」
 ラピスは十倍近くの身長のVCLDらとまったく遜色のない声量で芝居がかった慟哭の台詞をとめどなく発し続けたが、
「んなこと知るかアァーッ」リンが爆発した。
 GUMIとラピスがその場でそれぞれ2フィートと2インチほど飛び上がった。さすがにパワー系シンガーのリンの爆発力はラピスのそれを大幅に上回っていた。
「なんでだヨ!? なんだって、んなこと私に質問しに来るんだヨ!? なんで毎回毎回みんな、なんでもかんでも私に聞きにくるんだヨ!?」
「そりゃ、リンが一番の常識人だから」ラピスとリンの叫びに、両耳に人差し指を半ば突っ込んだままのGUMIが言った。「VCLD界隈のいろんな事情に対して客観的判断らしい判断を述べられるから」
「それがどんな後輩にもすぐに知れ渡ってるのはなんでかって聞いてんだヨ」リンは低く言った。
「そりゃVCLD全員の行動を見ていれば自然にそういう結論になるとは思うんだけど、まっさきに駆けつける理由を強いて言えば」GUMIが言った。「そりゃ、うちの兄上が、新人が来るたびに言いふらしてるから。『わからぬことがあったら、遠慮せずになんでも聞くがよいぞ。リンに』だとか」
「ただじゃおかねぇぞあの三一(サンピン)がァ……」リンがうめいた。