推定無罪III


「状況を説明するわ。レンを、GUMIとゆかりが取り合ってヤンデレ化とかいう内容のよくある曲のひとつ、その作曲者とか調整者とか動画編集者とかコラボメンバー全員の所に、脅迫メールとかメール爆弾が大量に送りつけられたの。まあ、一番大量に受け取ったのは──VCLD本人のこともコラボメンバーだと呼ぶんだったら、レンとGUMIとゆかり自身の所なんだけど。いわく、『レンはリンのものと決まってんだからお前らは間違ってんだよ』云々だとかいう。内容自体は珍しくないわよね。動画のコメントには日常茶飯事だわ」
 MEIKOは楽譜の隅に書きつけたメモを見ながら、けだるげに鏡音リンに説明し、
「で、その爆弾のいくつかが暴発して、ことがネットじゅうに明るみになってから、『VCLDファンはやっぱり常識はずれの犯罪者予備軍というか犯罪者そのものだった』とか、『機械製のVCLD音楽を社会常識を身につけない低年齢層に聞かせることが教育上よいはずがない』とか、『腐女子きめぇよ(意訳・誤用・故意犯)』とか、一触即発の状況よ」
「で、それが実際はVCLDファンじゃなくて、アンチVCLDの、てか、いつもの広告代理の巨大企業(メガコープ)の工作員の仕業だってつきとめろっての」
 テーブルに肘をついたリンの態度はMEIKOによく似たけだるげなものだが、違うのは、毎回ながらリンの声色や仕草が不満や怒りを常にはらんでいることである。何に対する不満かといえば、MEIKOやそこから聞かされる話、それを聞かされている自分、とにかく周りの何もかもが不満そうに聞くのだった。
「できるわけないじゃない。もし連中の工作だとしたって、てかたぶん半分は工作だけど、向こうはその手の策略の専門家。反工作なんてのは、ネット有志とかいう名の暇をもてあました自宅警備員連中に任せとけばいいの。……いい、証明するのはこれがホントにVCLDファンが暴れて爆発してる以外の何でもないってことなのよ」
「アん?」リンがテーブルの上で、面倒そうに眉を吊り上げた。
「証明するのはこういうこと。これは『VCLD』に原因があるんじゃなくて、カプ厨の実体そのものの爆弾体質なのよ。カプ厨というのは闘争本能にも攻撃力にも経戦能力にも際限がない。対抗カプを殺す気で殲滅しにかかってくるわ。もちろん、殲滅できるわけないけど」
「じゃ、いつ止まるの」
「止まんないわよ。強いて言えば飽きたらかしら。そういう手合いが一番飽きにくいけど」MEIKOが肩をすくめ、「で、やることは、踊らされるのはあくまで『VCLDファン』じゃなく、『オタの爆弾体質』だってこと。スト様やガルマ様が死んだら作者に剃刀爆弾を送ったりする女たち。ババァ小神が非処女だったら作者に切り刻んだ漫画紙面を送りつけたり、声優に恋人がいたら声優と恋人の両方のサイトを潰したりする男たち。もう何世紀も昔からいるし、低年齢層には限らないし、性別も限らない。オタが毎度暴走するのは当たり前のことで『VCLD』には何も限ったことじゃないって話。VCLDが原因なんかじゃないのよ。その連中を掘り返したのがVCLDだとしても。……で、リンのやることは、アイドルの知名度を生かして、そういう奇行をやるオタに近づくのよ。それももう何世紀も前からいるような筋金入りのステロタイプの酷い奴らに。そして、証拠となる奇行の数々をありったけ集めて持って帰ってくるのよ。やってくれるわね」
「嫌」
 リンはテーブルからのっそりと身体を起こし、
「てかなんで毎度そういうのを私にやらせんだヨ」
「そりゃリンが私達VCLDの中で一番、何があっても常識を失わないからよ」
「一番常識的な者を一番狂った場所に行かせ続けようってワケ」
「一番狂った場所ってわけでもないと思うけど」MEIKOはまた肩をすくめ、「じゃ、爆弾処理だとか、爆弾を引き付ける囮になる役とかの方がいい?」
「どっちも嫌」