ランボルギーニと百式


 そのふたりがすれ違う瞬間、険悪な空気が流れた。というより、空気以前にそのふたりは特に公の場で自分の感情を覆い隠す『大人の対応』などをする人々ではなかったため、あからさまに顔に出ていた。
「あのさ、がくぽ兄上と、《札幌》の㍗さんって」
 GUMIが腰をかがめ、声をひそめて、その場にいる別の面々にささやいた。
「なんだか理由はよくわかんないけどさ、前はかなり仲が良かったんじゃなかったっけ。他社なのに」
「まあ、そうだったんですけどね」そのかれらとはまた他社のmikiが朗らかに言った。「ちょっとした言い争いがあってから、あんな感じです」
「なんか事情知ってんの」鏡音リンが、悪い予感に眉をひそめ、さらにmikiの声の大きさを気にするように言った。
「はじまりはこうです。がくぽが、㍗さんに連れられて仕事で触ることになった『ランボルギーニ・ムルシエラゴ』を指して『ゲルググ』、『ランボルギーニアヴェンタドール』を指して『百式』と例えたんですが」
「何それ」GUMIが言った。
「ムルシエラゴとアヴェンタドールは外車の名前」自身が走り屋のリンがGUMIに説明した。「例えられてる方の名前はなんだかわからないけど、たぶん、前の方が『じゃじゃ馬』、後の方が『乗りやすい』とかいうことを言うための例えでしょ」
「そこなんですよ。つまり、がくぽはゲルググがじゃじゃ馬で、百式が電子制御された乗りやすいマシン、とかいう例えに使ったらしいんですけど。でも、百式ってのは、設定上はあくまで、某グラサンで二の腕むき出しのエースパイロットしか操れない、繊細すぎる機体なんですよ」mikiがすらすらと、リンの説明できなかった分の用語を説明した。「つまり、どう考えたって『電子制御されて乗りやすい』のに百式を使うってのは不適切な例えって思いませんか?」
「わからん」GUMIとリンが同時に言った。
「で、その例えってちょっと百式とかグラサンを見下してるところがないですか、って私がくぽに言ったんですよ」
「アンタが言ったのかよ」リンがうめいた。
「で、がくぽが、赤い彗星自身を見下す気はないが、二の腕むき出しの恰好をしていた時代の能力に限っては、必ずしも評価することはできぬ。それと百式が繊細などというのであれば、また次の次回作で百式を屑鉄屋連中の餓鬼大将なぞが乗り回していたのは一体何なのだ、電子制御の自動操縦とでも考えるしかなかろう、とか。で、私、それは酷いじゃないですか、1stしか頭にないのでゲルググを過剰に持ち上げるんじゃなくて後続作品のことだって理解してみましょうよとかがくぽに食ってかかったら、そこに急に㍗さんが出てきて、廃車のゲルググの中身をネモに入れ替えて百式を支援していたこともあるんだよとか何か関係ないことを言い出して、がくぽがそこで余計な話を持ち出してゲルググを下げるなとか怒りだして、あのふたりが1stとZ以降についてお互いにまくし立てて一気にこじれ始めて」
「車だか何だかわからんけどオタはつまらんことで仲良くなったり衝突するってだけの話か」GUMIが得心したように言った。
「いや、てか、ほぼアンタが原因だろ」リンがmikiに向かって容赦なく宣告した。