必須アイテム


「日々意外性もなしに単に店の仕事に追われるだけの日々がすぎてゆくです」店のカウンター席でがっくりと首をうなだれたままの蘇芳リンは、からっぽになってさらに冷たくなったコーヒーカップを握った姿勢のまま、口だけ動かして言った。
「元気出してー」笑顔のミピンクが席に寄ってきて、持っていた魔法瓶の中のコーヒーを、こぽこぽとそのカップに注いだ。
 蘇芳リンはうんざりした表情のまま、それを一口呑んだ。が、
「なにこれ!」蘇芳リンは唇を覆った。「なんですかこれ! このコーヒー、どこのですか!」
「うちのー。アカイトが炒れたのー」ミピンクが笑顔のまま言った。
「ていうかここの店のコーヒーなんかより段違いに美味いじゃないですか!!」
「てか、この店のってただのインスタントだよ」隣の席にいたブルームーンレンが言った。
「うっげぇ」蘇芳リンは一気にうんざりして眉を下げたが、再びミピンクを見上げ、「ていうかこれ、どこの高級ホテルのですか!? 物凄じゃないですか! アカイト先輩ってどういう腕なんですか!」
「あいつの腕じゃない」少し離れた客席に掛けていた、帯人が口を開いた。「ただ、コーヒーメーカーが、ブラウンの最高級品だってだけさ。それこそ巨大企業(メガコープ)重役室にあるレベルの」
「なんでそんなもんがこんなふたりごときの家に……」蘇芳リンはあからさまな疑惑と共に、笑み続けているミピンクを見た。
「なんでって、アカイトが操作卓(コンソール)カウボーイだからさ」帯人が言った。「ネット文化のお約束上、”カウボーイの備品”として、全部ひとそろいのお決まりなんだよ。オノ=センダイ。今年最高級のホサカ・コンピュータ。ソニーのモニタ。企業クラスの氷(ICE)を収めたディスクが1ダースあまり。そして、ブラウンのコーヒーメーカー」
「……この美味しさの発見は”意外性”に値すると言いたいところですが」蘇芳リンがミピンクの間抜けな笑顔を恨みがましく眺めて言った。「”意外性”とは、”世の中の不公平さ”と表裏一体だとゆーことがよくわかりました」