永遠の少年物語を引き立てるには (後)

 何のことかようやくわかった。しかし、レンはそれを聞いて、ため息をついた。
「違うよ。主役はボクじゃない」
 それは、レンはできれば(特に女声VCLDらには)喋りたくなかったことなのだが、どのみち始まればすぐにわかってしまう話なので、黙っていても仕方がない。レンとしてはむしろ、喋りたくないというよりも、口に出すのさえ嫌という方が正しかった。
「何が違うのよ。脚本の表紙に書いてあるでしょ」Lilyが言った。
「書いてある通りなんだけど、ピーターパン役は、リンの方なんだよ」
「何?」Lilyは顔を上げた。「じゃ、一体……」
「ボクは、ティンカーベル役なんだ」
 Lilyは口を半分あけたまま、まじまじとレンを見つめ続けた。その状態でどのくらい時間が経ったかは、レンにもわからない。
「なんなのそれ!?」ようやくLilyが返した反応は、しかし、長い溜めの甲斐のある凝ったリアクションではなく、実に常人なら当たり前の平凡なものだった。「意味がさっぱりわかんないわよ!? なんでリンが少年役で、その、あんたが……妖せ……女の……」
「ボクだってさっぱりわかんないよ」レンは半ば俯いて言った。「ただ、こうした方が人気が出るんだ。理由はわかんないよ。でもそうなんだ」
「あの女たちがあんたに強制してるの!?」Lilyが言うのはMEIKOやルカやリン(かろうじてGUMIは入っていないような気がする)のことだった。
「いや……表紙に書いてあるよね。脚本を書いたプロデューサーの指定なんだ」
 またしばらくの沈黙が下りた。
「それで……その通りやるの、あんたは。流されるだけでいいの?」Lilyは低く言った。
 疑問を持ったことはないのか。いくら人気が出るからといって、そんなのを定着させてもいいのか。売れさえするなら、女装でもなんでもいいのか。
「わからないし……不安だよ。これでいいかなんてわかるわけないよ」レンは細い声で言った。「でも、理由を考えてる時間なんてない。とまどってる時間もない。次から次へと来るいろんな役の仕事の話の、その中のどれに、チャンスがあるかなんてわからない」
 レンは言葉を切った。また、しばらくしてから、
「……あこがれてるひとがいるんだ」
 レンは俯いたまま、低く言った。
「そのひとも、どんな仕事だって受けてきた。それで、デビューが半年くらいしか違わないのに、ボクなんかよりもずっと先の、もう届かないところを走ってる。だから……そのひとに追いつかなくちゃ、そう思ったら、立ち止まってる暇なんて少しもない。胸を張って、そのひとに向かい合えるようにならなくちゃって……それだけを思って、ずっと続けてるんだ」
 俯いたままのレンを、Lilyはバーの席に掛けたまま見つめ続けた。
 ――その言葉からは、自分とよく似た動機のように聞こえる。その動機のために、こんな子でさえ、これだけの覚悟を決めているというのに。
 Lilyは席からおりると、見つけた時のままの姿勢で突っ立っているレンのレンの目の前に立ち、かがみこんで目線をあわせた。
「あんたの言うひとって、私が今までずっと、羨ましいと思ってるひとのことだと思うけど」Lilyは少年の髪をなでつけ、「あんたにそう思われて、そのひとが、ますます羨ましいって思うわ」
 今、向かいあうふたりは、驚くほどに似て見えた。――それは、リン・レンとLilyについて今までにも常々言われてきた、誰もが見ただけでそう感じる、改めて言及するまでもないことではあったのだが――今、このLilyとレンの姿は、レンと双子の姉の間以上に、互いに似て見えた。



 Lilyとレンがスタジオに踊ると、ピーターパンの脚本は中止と言っていたにもかかわらず、がくぽ(海賊フック船長の役)とGUMI(今回はネバーランド在住の猿のバブルス君役)が、ネバーランドの島の大道具の間をせわしく歩き回っていた。
「遅かったじゃない」MEIKOが、Lilyとレンを一瞥して言った。「さっさと始めましょう」
「レンが出て行った時点で、今回の脚本は予定通り、続行できると判断できました」ルカがふたりに言った。「レンがLilyを連れて必ず戻ってくることは、私達にはわかっていたのです」
「……たいした予想じゃないのにまるでベタなゲームシナリオの仲間再会シーンみたいなありきたりな台詞と場面をつけるのは別にいいんだけどさ」レンが、ルカを見上げて言った。「それはともかく……その……ルカのその恰好はなんなの」
 目の前に立ったルカは、ヘビだかトカゲだがわからない爬虫類のウロコ模様の、身体の線にぴったりのボディスーツを頭からかぶった扮装をしていた。しかし、それ以上にわけがわからないのは、そのヘソの部分に、目覚まし時計のようなオブジェクトが固定されていることだった。
「私の役柄は『時計ワニ』です」ルカが無表情で言った。
 Lilyとレンは沈黙した。何の説明をされた気にもならなかった。
「フック船長を食っちゃおうと追い回しているワニよ」MEIKOが、がくぽを指差して言った。
「食っちゃおうって、つまり……どういう」
もちろん、性的な意味でMEIKOが言った。「すでに、身体のある一部の先っちょだけ、ちょっと食っちゃってるんだけど。ラストまでには完全に丸ごと食っちまうつもりでいるわよ。もちろん性的な意味で」
「この連中に流されてていいのか……もうちょっと考えてみない?」Lilyがルカを呆然と凝視したまま、隣のレンに言った。
「そうだね……」