二丁目
「絆創膏でうまく隠したって私の眼はごまかせないのよ。上玉だわ」 「誰も華ルカをごまかしたりはしないです。華ルカと知ったら速攻誰でも逃げるですハイ。って、アレに目をつけたですか。髪型だけ『ミク』ならもう何でもいいって感じですか。もはやLat式と…
また数日後、あぴミクはKAIKOの運転する小型バギーに同上し、千葉(チバシティ)の街中に連れて行かれた。かなり立派なビルの立ち並ぶ市街(だからといって、千葉ではそこが「表社会」の街だとは限らない)で、そのビルのひとつ、裏口とおぼしき地下への階段の…
「話したいか? 自分の身の上をさ」が、MEITOが言った。「だが正直、見つけたときの状況から察するに、話したがるような身の上とは思えないな」 「それに、話さなくったって、だいたい想像がつくよ」 あぴミクの向かいに座っている短い青い髪の女性型ロボト…
おんだ式ミクは、あぴミクから立ちのぼる臭気をこらえながら、うつぶせで横を向いているその顔面をあらためた。あぴミクは目は開いているが、瞳にハイライトがなくなっており、膨れ上がった頬は吐瀉物で汚れきっている。 目覚めてから自分自身で洗って欲しい…
”自称マスター”はどこかから聞こえて来るその声に、意味もなく辺りを見回した。しかし、MEITOの姿はどこにもない。あのトレーラーの姿さえも、忽然と消え失せていた。 かわりに目に入ってきたのは、さらに次々と現れる、『初音ミク』の中途半端でグロテスク…
いつのまに、かれらから少し離れたその場に停車していたのは、旧式で大型の、武骨な鉄の骨組みが露出したような、輸送車両だった。トレーラーの荷台にはすでに大量の荷物、この周囲にいくらでも見られるようなガラクタがうず高く積み上げられている。 その車…
その『あぴミク』の”購入者”はどんな男だったか。結論から言えば、彼は購入したあぴミクを日々とても可愛がっていた。仮想”あいどる”『初音ミク』を模して造られた市販人型ロボットの一体、『あぴミク』を自宅に購入したその男は、同系統のミク型ロボットの…
「日々意外性もなしに単に店の仕事に追われるだけの日々がすぎてゆくです」店のカウンター席でがっくりと首をうなだれたままの蘇芳リンは、からっぽになってさらに冷たくなったコーヒーカップを握った姿勢のまま、口だけ動かして言った。 「元気出してー」笑…
その”ミク”の声でしゃべっているのは、この設備の機器のメモリーの中に保存されているらしい、人格プログラムのようだった。 それは、さきほどの帯人自身が炉心リンらに説明した、仮想人格だった。培養したLat式ミクの体がある程度育ったら、その中に入れら…
かれらの居るのと反対側の入口、奥の扉が開いた。 「おい、何だ、今の音は――」尋ねたのはおそらく、この培養室のコンピュータシステムのボイスコマンダに対してなのだろう。この部屋の超ハイテク機器でも、そんな抽象的な質問に答える機能があったかどうかは…
その『Lat式パッケージ』の流通をたどること自体は、特に難しくはなかった。帯人の患者や医療器材関係者の話から、それを客に売っている業者、さらにその業者に卸している元、流れている流通路を順番に探ることができた。人づての流通なのでネットでは調べら…
彼女は灰色の闇の中でうっすらと眼をあける。自分が抱えている膝、そうしている肩と腕の感触、それしか感じられるものはないが、自分の体が、前に目覚めたその時よりも、のびやかに、細みと丸みを共におびて、育っているのがわかる。 この体を、美しいとかす…
「いや、そのひとが、ボカロアンチ連からも嘲笑の的の”『マスター』だとか言って悦んでるキモ男”のひとり、いろんな倒錯がハイブリッドしたサイコパス人間だってことは蘇芳にはもうわかってるですよ」蘇芳リンは華ルカの疑問に答えるように言って、JKミク、…
華ルカの舌といい指といい、むさぼるような情欲の馳せるにただ任せている。たえがたい快感だが、それに溺れるあまり、自分がここまで体を律せなくなるほどとは信じられなかった。あのJKミクとの間に交わした甘美な唾液は、おかしな媚薬、もとい、神経攪乱用…
数分後、華ルカと蘇芳リンは店のエリアを離れて、電脳空間(サイバースペース)マトリックス上に繰り出していた。 もちろん、華ルカの眼鏡にかなう”イケてる『ミク』を探す”などと言っても、蘇芳リンに最初から心当たりがあるわけがない。語りで脱線を繰り返す…
「ミクとヤりたい……」”巡音ルカ・華”は、テーブル上で両拳を白くなるまで握りしめながら、そのテーブル表面の一点を凝視するようにぎらぎらと瞳を輝かせつつ、悲壮とも形容すべき声を上げた。「どれでもいい……ミクよ……なんでもいいからとにかくヤりたいのよ……
シャワーから出た男が寝室に戻ったとき、ベッドの中の”彼女”は、もうすでに眠りに――ロボット駆動システムのスリープに――ついていると思っていたが、そうではなかった。男の肌を感じると間もなく、その腕がそっとからまって、柔らかい裸体の曲線が、男の体を…
仮想”あいどる”であるVCLDの形状を模したロボットや義体は、VCLDの所属する《札幌》等の会社の正規のライセンス品もあれば、不正規の模倣品も多々ある。『らぶ式ミク』は、不正規のミク模倣品の中ではとりわけ古くから出回っているが、同時にとりわけイリー…
ひっきりなしに轟く砲声と上がる火の手の色が耳目を弄している。そこは元はビルの立ち並ぶ街路だったが、今では元の地形すらも定かではなく、凄惨な破壊が繰り返されても、元々荒れ果てた廃墟の風景がほんの少しひどくなるだけだった。その一角、断崖のよう…
数時間後、アカイト、ぴくちぃ式、トエト、そして、ワンピミクと件の客の青年は、店のある千葉(チバ)市内からは離れた浦安(ウラヤス)にある、遊園地(プレイランド)を訪れていた。もっとも、遊園地の機能を持っていたのは大戦前の旧時代のことで、今はその残…
「ミク! 僕だ、『マスター』だよ!」その青年は店に駆け込んでくるなり、清楚なワンピースのその”ミク”をいきなり抱きしめた。「とうとう見つけた!」 ワンピミクは、青年の腕の中で立ちすくんだままだった。もともとが、この店で働いているVOCALOID類似品…
最初からホールスタッフ扱いで店で働きはじめたLat式ミクは、その直後から頭角をあらわした。その容姿の可憐さも図抜けていたが(例えばミピンクなどは容姿には問題がないが、頭の中身が客に応対するには問題がありすぎで、決してホールスタッフは務まらない…
千葉市(チバ・シティ)の片隅の、それなりに小奇麗なビルの地下に、VOCALOIDのような姿の人型ロボットばかりが働く店がある。 聞くところによれば、ここには元々、VOCALOIDに限りなく近い人型ロボット――《札幌》や《大阪》所属のVOCALOIDはAI、すなわち情報…