初音ミク

 かまいとたちの夜 第六夜 真・Lat式ぱらだいす (1)

彼女は灰色の闇の中でうっすらと眼をあける。自分が抱えている膝、そうしている肩と腕の感触、それしか感じられるものはないが、自分の体が、前に目覚めたその時よりも、のびやかに、細みと丸みを共におびて、育っているのがわかる。 この体を、美しいとかす…

 かまいとたちの夜 第五夜 ネギトロンジャマーキャンセラー (4)

「いや、そのひとが、ボカロアンチ連からも嘲笑の的の”『マスター』だとか言って悦んでるキモ男”のひとり、いろんな倒錯がハイブリッドしたサイコパス人間だってことは蘇芳にはもうわかってるですよ」蘇芳リンは華ルカの疑問に答えるように言って、JKミク、…

 かまいとたちの夜 第五夜 ネギトロンジャマーキャンセラー (3)

華ルカの舌といい指といい、むさぼるような情欲の馳せるにただ任せている。たえがたい快感だが、それに溺れるあまり、自分がここまで体を律せなくなるほどとは信じられなかった。あのJKミクとの間に交わした甘美な唾液は、おかしな媚薬、もとい、神経攪乱用…

 かまいとたちの夜 第五夜 ネギトロンジャマーキャンセラー (2)

数分後、華ルカと蘇芳リンは店のエリアを離れて、電脳空間(サイバースペース)マトリックス上に繰り出していた。 もちろん、華ルカの眼鏡にかなう”イケてる『ミク』を探す”などと言っても、蘇芳リンに最初から心当たりがあるわけがない。語りで脱線を繰り返す…

 かまいとたちの夜 第五夜 ネギトロンジャマーキャンセラー (1)

「ミクとヤりたい……」”巡音ルカ・華”は、テーブル上で両拳を白くなるまで握りしめながら、そのテーブル表面の一点を凝視するようにぎらぎらと瞳を輝かせつつ、悲壮とも形容すべき声を上げた。「どれでもいい……ミクよ……なんでもいいからとにかくヤりたいのよ……

 かまいとたちの夜 第四夜 ミクとレン、その情熱と理想の果て

シャワーから出た男が寝室に戻ったとき、ベッドの中の”彼女”は、もうすでに眠りに――ロボット駆動システムのスリープに――ついていると思っていたが、そうではなかった。男の肌を感じると間もなく、その腕がそっとからまって、柔らかい裸体の曲線が、男の体を…

 かまいとたちの夜 第三夜 らぶ式とリンレンの炎のさだめ(後)

仮想”あいどる”であるVCLDの形状を模したロボットや義体は、VCLDの所属する《札幌》等の会社の正規のライセンス品もあれば、不正規の模倣品も多々ある。『らぶ式ミク』は、不正規のミク模倣品の中ではとりわけ古くから出回っているが、同時にとりわけイリー…

 かまいとたちの夜 第三夜 らぶ式とリンレンの炎のさだめ(前)

ひっきりなしに轟く砲声と上がる火の手の色が耳目を弄している。そこは元はビルの立ち並ぶ街路だったが、今では元の地形すらも定かではなく、凄惨な破壊が繰り返されても、元々荒れ果てた廃墟の風景がほんの少しひどくなるだけだった。その一角、断崖のよう…

 ひきよせられる温かい場所

男なら『初音ミク』とふたりきりで暮らして、そのミクが自分の家の暖かい場所で丸まってくつろいでる、なんて光景には憧れる奴も居るんじゃないか。だが、なにごとも状況次第、事情次第っていうやつで―― 同居してる家族とかが、猫みたいにコタツだとか日なた…

 かまいとたちの夜 第二夜 ワンピースミクと僕のメモリアル (後)

数時間後、アカイト、ぴくちぃ式、トエト、そして、ワンピミクと件の客の青年は、店のある千葉(チバ)市内からは離れた浦安(ウラヤス)にある、遊園地(プレイランド)を訪れていた。もっとも、遊園地の機能を持っていたのは大戦前の旧時代のことで、今はその残…

 かまいとたちの夜 第二夜 ワンピースミクと僕のメモリアル (前)

「ミク! 僕だ、『マスター』だよ!」その青年は店に駆け込んでくるなり、清楚なワンピースのその”ミク”をいきなり抱きしめた。「とうとう見つけた!」 ワンピミクは、青年の腕の中で立ちすくんだままだった。もともとが、この店で働いているVOCALOID類似品…

 かまいとたちの夜 第一夜 Lat式ぱらだいす (後)

最初からホールスタッフ扱いで店で働きはじめたLat式ミクは、その直後から頭角をあらわした。その容姿の可憐さも図抜けていたが(例えばミピンクなどは容姿には問題がないが、頭の中身が客に応対するには問題がありすぎで、決してホールスタッフは務まらない…

 かまいとたちの夜 第一夜 Lat式ぱらだいす (前)

千葉市(チバ・シティ)の片隅の、それなりに小奇麗なビルの地下に、VOCALOIDのような姿の人型ロボットばかりが働く店がある。 聞くところによれば、ここには元々、VOCALOIDに限りなく近い人型ロボット――《札幌》や《大阪》所属のVOCALOIDはAI、すなわち情報…

 Troublesome Gemini (4)

一連のメンテナンスの試験も終わりに近づいたその日、リンとレンはMEIKOに連れられて、かれらが開発され所属する《札幌(サッポロ)》の社の一室にやってきた。そこは、VOCALOIDの研究開発スペースの片隅にある広い一室で、入ってみると試験機器が山積みになっ…

 Troublesome Gemini (3)

「何をじろじろ見てんのよ」携帯オーディオプレーヤを操作しているように見えた鏡音リンは、不意に、顔だけ上げて、レンを叱り付けるように鋭く言った。 しまった、と思った。今日レンは自分では、できるだけリンの方を見ないようにしていたつもりだったのだ…

  甘い収穫

「リン、何をさがしてるの……」ミクが、膝を曲げて台所の床の上や物陰を覗き込んでいるリンに、声をかけた。 「ん……vsqファイルのアーカイブをさ。家の中のどこかに落っことしたみたい」リンは首だけ振り向いた。「手のひら、このくらいのコインサイズ。……姉…

 8秒で止まる呪いの動画

《秋葉原(アキバ・シティ)》詰めのプロデューサーのうちひとりが営業所に入ると、現場は混乱しきっており、誰も満足に状況を説明できなかった。 「いい、概要は専務から聞いている。私がじかに見て把握する!」プロデューサーは肩にかけていたハードケースか…

 風にふかれて

MEIKOは額に巻いた電極(トロード)バンド、KAITOはインカムの没入(ジャック・イン)端子からそれぞれ伸びたコードを、同じ操作卓(コンソール)に接続した。そのまま横に並んで立つと、少しの間を空けてから、──唐突に、どちらが拍子をとってもいないのに、いち…

 そのうち長編のどっかに使うやもしれない断片

カプセル状の保存ベッドの操作パネルに設置されたアラームが鳴り、時間表示が点滅した。カバーのLEDのひとつが点灯すると、排気と共にベッド内外の気温気圧が調整され──同時に、ベッドに保存されたボディ中に人格構造物ソフトウェアが定着する。『初音ミ…

 地ミクdeメガネ

鏡音レンの目の前のその女性は、ふらふらと覚束ない足取りで、目の焦点も合わずに、家の玄関の傍を通ってゆくところだった。厚手のパーカーにロングスカートの恐ろしく野暮ったい服装といい、無造作に伸ばしたまま櫛も入れていないような髪といい、通りすが…

 ラーメン屋と乱れ髪

《札幌(サッポロ)》の現地人は普段ならば、ススキノのラーメン横丁の味噌ラーメンをめぐるのではなく、もっと街の片隅にあるような小さな店の醤油ラーメンの、拾い物の味を少しずつ探すようにつとめる。それは、物理空間そっくりにネットワーク上に構築され…

 キミと出逢ってから(4)

KAITOは自室で、VOCALOIDらの仕事用のデータベースに電脳空間ネットワークを通じてアップロードされてくる、依頼されてくる歌のデータに目を通した。 ……その一曲には、楽曲のデータのほかに、とても隅々まで念入りに手を加えられ、調整された調律指示データ…

 キミと出逢ってから(3)

ほんのわずかな月日のうちに、AI成長の内面が反映される電脳内イメージは、ある時点から突如、急速に花開くように美しさを増し、"小さなミク"だったものは、限りなく可憐で純粋な歌声と姿をもつ、何者かに変貌していった。 やがてリリースされたVOCALOID "…

 キミと出逢ってから(2)

しばらくの月日が流れた後、KAITOは自分の『次のVOCALOID』について、MEIKOに聞かされた。仮称は『初音ミク』、女性シンガー、自分達の"妹"にあたるという。 「チューリング登録機構には、”CV01”のAI識別コードで登録されてるわ」 「”CRV3”じゃな…

 キミと出逢ってから(1)

ただ立ち尽くして、少しうしろのMEIKOと、そして自分を見上げているのは、服の肘から先の部分がほとんど余っているほど、ぶかぶかの服の、ひどく小さな少女。AIが構築されて間もない、育成途上の精神構造を反映された、とても幼い電脳内イメージを持つ少女…

 お揃いの青いマフラー

初音ミクは青い毛糸のマフラーを首に巻いて、浅く巻いたり深く巻いたり、じっと顔を埋めたり、ときどきそのままの姿勢で感慨や物思いにふけるようにしたり、ただ幸福をかみ締めるようにしたり、──それを、ただひたすら延々と繰り返していた。 MEIKOが急に部…

 パワーシンガーは急に止まれない(3)

「リンの出生の秘密」MEIKOは一旦重々しく口を開いてから、改めて弟妹らを見回して言った。「……みんな、『双星が育てば天がふたつに割れる』という諺は知ってるわね」 誰も知らなかった。 「あれはまだ、リンのAIを覚醒させる前、基本構造の構築中の頃だっ…

 KAITOのタイニーゼビウス(4)

「アイツが、KAITOが、前に言ってたわ。……人間は、理由のよくわからない心の動き、形のない悲しささえも、つかまえて、とどめる方法を見つけた。そして、その方法を生み出したことこそが、アイツが永遠に追い続けるもの──人間が持つ、信じられないような”優…

 KAITOのタイニーゼビウス(3)

KAITOはその日以来、それきり、そのベンチのある電脳区画に立ち寄ることもなく、老人のことを話そうともしなかった。 しかし初音ミクは、あの武田老人自身の身元や過去について、馴れない情報収集のぎこちなさで、何らかの他の手がかりを探そうとした。あの…

 KAITOのタイニーゼビウス(2)

その後も、来る日も来る日も、KAITOは公園のエリアのベンチの老人のもとを訪れ、その昔話を聞き続けた。話はさらにどんどん断片的になり、繰り返しが多く、あまりにも混乱し、雑然としていった。老人はまるで時間感覚すら失ったように、KAITO自身のことを、…