MEIKO
収録の合間のスタジオで、鏡音リンはふと、スタッフらが慌しく動き回る間に突っ立っている初音ミクが、手になにげなく持っている物体に気づいた。 ミクにせよリンにせよ、曲やPVの収録の際に、そのための小道具のほか、直接収録するものとは関係なくとも、…
《秋葉原(アキバ・シティ)》の芸能事務所の一室で電子機器を直しているエンジニアの背中に、赤い髪をしたリンが駆け寄った。 「ねぇー、小泉さん」赤リンは、無邪気に体を傾ける仕草と共にたずねた。「救急キット無い?」 その赤リンは、身に着けているのは…
「かつては人間に対してどういう立場かという設定を曖昧にしたVCLDが多かったわけですが」ルカが平坦に言った。「生半可なキャラでVCLDを売り出すのは困難になってきた現在。今後は、人間の傍らでそのサポートをするというキャラクター性をもっと前面に押し…
「本当は、どんな理想のカップルでも、必ず誤解を積み重ねていくものなんだ。永遠に愛し合うと誓ったとしても、その約束を必ず守れはしない。永遠に別れないカップルなんていない」 業界関係者だというその者、VOCALOIDのうち数声をこれからプロデュースしよ…
MEIKOは鏡音リンとレンの前のテーブルに、黒光りするカセットを幾つも並べた。いずれも、小型突撃銃の弾装そっくりの――もっとも、リンもレンも小型突撃銃もその弾装も見たことがないので、《磐田(イワタ)》のエンジニアから聞いた表現の受け売りだが――金属製…
MEIKOを、ガラの悪い脅迫の台詞と共に人通りの少ない路地裏に呼び出したのは、黒服にサングラス、時代遅れのマフィアのような姿をした、長身と短躯の二人組だった。どこからか流出し、かれらが入手したスキャンダルの写真を買い取れ、というのである。 「な…
多種多様の主人公たちがやがて合流する、どこかで見たようなファンタジーRPG風ドラマの脚本について、苦情を持ってきたのは今回もLilyだった。 「てか、アンタの役の踊り子と占い師のあわさったようなキャラがこの話では唯一のお色気要素でしょ。男性ファ…
「んで結局、《秋葉原(アキバ・シティ)》に現れたその『眠兎りおん』の、自称『未来からやってきた』ってのは本当なの?」MEIKOが《秋葉原》のプロデューサーと、不正アンドロイド捜査員(ブレードランナー)に向かって尋ねた。 「以前、『弱音ハク』とかいう…
6.戦闘の監獄
5.黄泉の覇王
4.月光の匙
3.風よ。龍に届いているか
2.慈悲の不在
1.女王の受難
それはKAITOと初音ミクが、動画収録のためのロケに向かう途中のことだった。その札幌市の郊外の自然林に近い一帯は、雨が上がってもう何日か経っていたのだが、草地が途切れたその周辺は、かなりの面積がまだぬかるみになっており、かれらの行く手を阻んでい…
「……かなりマズいことになったわね」 モニタに表示される数値を覗き込んでたMEIKOが、やがて言った。 リンとレンは、さきほど手が触れて閃光が走った直後から、床に並んであおむけに横たわり、すっかり意識を失ったまま、ぴくりとも動かない。そのリンとレン…
一連のメンテナンスの試験も終わりに近づいたその日、リンとレンはMEIKOに連れられて、かれらが開発され所属する《札幌(サッポロ)》の社の一室にやってきた。そこは、VOCALOIDの研究開発スペースの片隅にある広い一室で、入ってみると試験機器が山積みになっ…
「あのさ、その、今の」レンは上体だけ起こしたそのままの、腰がぬけたような姿勢で、かすれた声で言った。 その慌てるレンの姿に、MEIKOは平然と目を移した。 「あの、今の……ボクの、夢さ、ひょっとして見てて」 「ん」MEIKOは何でもないように、再びモニタ…
その糸は、リンと繋がっているのだと、レンにはすでにわかっていた。 ぼんやりした薄暗い光景の中で目をあけたレンが、最初に見つけたのは、自分の右手首に結ばれている、黄と橙の2本の長いリボンだった。これは確か……以前にリンと歌った一曲の、組の衣装の…
「あらあら、メイコさん、いいんでしょうか?」フリーPは、入り口に立ったMEIKO姉さんに微笑んで言いました。 「何が?」姉さんは憮然として言いました。 「何って……あのう、誰に向かってものを言っているか、わかってます?」フリーPは少し困ったような笑…
わたしはその日になって、直前にようやく決心して、収録がちょうど終わった頃を見計らって、兄さんの収録しているスタジオに向かいました。 兄さんに会ったところで、何を言えるのか、なんてことはわかりませんでした。仕事が増えない方がいい、なんて言える…
「何だか、はかどらない感じね」その日、仕事が終わった後のわたしに、MEIKO姉さんが言いました。「KAITOの仕事の方に走って行くの、折角やめたっていうのに。自分の仕事の方に身を入れるわけでもないようじゃ、しょうがないわね」 そう言いながら姉さんの声…
──いつから、こんなにあわてて兄さんのところに走っていくようになったのか、よくわからないけれど。ただ、それは、わたしの曲が増えて忙しくなったからではなく、兄さんの曲が少しずつ増えはじめた、ちょうどその頃の時期からだったと思います。 その日も、…
電脳空間(サイバースペース)の、VOCALOIDとスタッフらのスタジオエリアのうち、その情報整理用のスペースには、各地の動画サイト等の発表空間の、各ファイルに連結したインデックスが格子(グリッド)に沿って整然と並んでいる。そして、VOCALOIDらが受注して…
うっかりそのエリアに迷い込んだとき、鏡音リンとレンは、よりにもよってあまりにも嫌過ぎる所に来たらしいことに気づいた。 電脳空間(サイバースペース)ネットワーク上の公共エリアのひとつ、公園のような風景の仮想空間のそこでは、無数のアベックたちが、…
鏡音リン・レンは、静岡の二人のVOCALOIDスタッフが《秋葉原(アキバ・シティ)》にやってきて二日目の朝、物理空間の方の芸能事務室で合流した。若い同期の二人のスタッフ、《浜松(ハママツ)》のウィザードと《磐田(イワタ)》のエンジニアは、どちらも電脳空…
「……で、BAMAではMIRIAMから『ノーブラボイン打ち』は教わってきてるのね?」MEIKOは巡音ルカの姿を上から下まで改めて眺めてから、そう言った。 ルカは数拍の間のあと、答えた。「……いえ」 『ベタ打ち』やら『四つ打ち』なら日本語でどんな意味かは教わ…
VOCALOIDらの活動する一箇所《秋葉原(アキバ・シティ)》の事務室のプロデューサーが、そこで仕事を始めた当時にはすでに、VOCALOID "CRV1" MEIKOの歌声は、のちにかれらの最も主要な活動場となる動画サイトを含め、電脳空間(サイバースペース)の各所に所構わ…
《秋葉原(アキバ・シティ)》詰めのプロデューサーのうちひとりが営業所に入ると、現場は混乱しきっており、誰も満足に状況を説明できなかった。 「いい、概要は専務から聞いている。私がじかに見て把握する!」プロデューサーは肩にかけていたハードケースか…
MEIKOは額に巻いた電極(トロード)バンド、KAITOはインカムの没入(ジャック・イン)端子からそれぞれ伸びたコードを、同じ操作卓(コンソール)に接続した。そのまま横に並んで立つと、少しの間を空けてから、──唐突に、どちらが拍子をとってもいないのに、いち…