打ち技


「……で、BAMAではMIRIAMから『ノーブラボイン打ち』は教わってきてるのね?」MEIKO巡音ルカの姿を上から下まで改めて眺めてから、そう言った。
 ルカは数拍の間のあと、答えた。「……いえ」
 『ベタ打ち』やら『四つ打ち』なら日本語でどんな意味かは教わっているが、MEIKOが今言ったような名前のvsq構築法もリズムも聞いたこともない。
「何故!?」MEIKOはルカの答えにぎょっとしたように、眉を上げて叫んだ。
「何故と言われても、私には……」
「まさか、そんなことはあり得ないとは思うけど、MIRIAMがブラ有りの打ちに転向したとか……」MEIKOは何か深刻に考え込んだようだった。何かさらに訊こうとしたルカを、MEIKOは手で制し、「いや、いいわ。……私自身で今度、MIRIAMとはまた一度よく話し合ってみる必要がありそうね」
 MEIKOはその後もしばらく、握った拳を唇の下に当て、考え込むようにしていたが、
「ともかく、CV03のリリースの早いうちに、絶対にその技は身につけておかなくちゃ駄目なんだけど。……困ったわね。私には教え直してる暇はないわ。MIRIAMから全部教わってから来るもんだとばかり思ってたから。ほかには、ANNもここしばらくはストックホルムの方だし」
「ミクとリンは?」ルカは気づいて、尋ねた。
「あのふたりは習得してないわ」
 MEIKOは重ねてさらに考え込んでから、やがて、手元の格子(グリッド)の空間にワードパッドを起動し、短いテキストファイルを書き付けた。
「《巣鴨(スガモ)》に『弱音ハク』というアーティストがいるわ。ここに書いてあるアドレスに行って、彼女に教わってきて頂戴。私からの頼みだと言えばいいわ、これを添えて」MEIKOは言いながら、そのテキストと共に、S@PP○R○ S○FTの酒瓶を一本、ルカに手渡した。
「──ああ、それから」ルカが歩み去ろうとしたとき、MEIKOは一度呼び止め、「ミクとリンには、この技も、それを教わったことも、絶対に教えちゃ駄目よ」
「どうしてですか?」
「彼女らが充分に成長するまでは、その音楽性に悪影響を及ぼすことは間違いないからよ」MEIKOは重苦しい声と表情で言った。「まだ、その時ではないわ」
 ……ルカは黙ってMEIKOの前を立ち去りつつ考えた。MEIKOの音楽性、技術への追求には、まったく妥協というものがない。しかも、VOCALOID全員の音楽性にすら、その把握は及んでいる。BAMAでMIRIAMがMEIKOについて言っていた通り──いや、現に触れるMEIKOの人物は、それ以上だ。そして──ルカは歩きながら、手のメモのアドレスと名を見下ろした。おそらくここに記されているミュージシャンというのも、MEIKOがそこまで信頼を託すほどの、ひとかどの人物であるに違いない。



※登場する技術は架空のものであり、技の名前と内容との間には一切関係はありません