私がMEIKO II

 電脳空間(サイバースペース)の、VOCALOIDとスタッフらのスタジオエリアのうち、その情報整理用のスペースには、各地の動画サイト等の発表空間の、各ファイルに連結したインデックスが格子(グリッド)に沿って整然と並んでいる。そして、VOCALOIDらが受注して歌った楽曲を再生するウィンドウが、空中に常時幾つも開いている。
 《浜松(ハママツ)》から出向の若いウィザード(電脳技術者)は、そんなウィンドウのうちひとつ、停止状態の動画を見ながら、長いこと黙り込んでいた。
「不機嫌そうね、小野寺さん」MEIKOは、背後からそのウィザードに近づき、ディスプレイウィンドウの中の動画をしばらく見てから、ただそれだけ言った。
 ウィザードは振り返らず、ただ黙っていたが、やがて、動画を見つめながら言った。
「この動画、この曲は、どうして伸びてるのかと思ったんですよ、CRV1」
 ウィザードは、自分のあまり表に出すべきでないあらわな感情にMEIKOが気づいているのを察し、しかし、ごまかすよりは、その話題の話相手にMEIKOを選んだということのようだった。
「この動画は曲にも、詞にも、特に調律調整にも、……何かの魅力があるとは、どうしても思えない」
「ああ、これね。同じ意見は、私達の他のファンたちからも、よく聞くわよ」MEIKOは動画を覗き込みながら言った。「結局このシリーズは、歌詞のストーリーだとか、世界観が低年齢層に受け入れられて、派生創作が流行ったのが、さらに人気を伸ばした、とか言われてる」
 MEIKOは言葉を切ったが、ウィザードは押し黙って、ウィンドウを見つめたままだった。
 しばらくして、MEIKOは肩をすくめて言った。
「──あれでしょ、世の中には、ドカンと一発当てる人ってのがいるわ。元に価値があってもなくても関係なく。VOCALOIDプロデューサー連に限らず、どんなジャンルにだって。この動画と作者も、要するにそうなった、ってことでしょう?」
「不満はないんですか」ウィザードは動画を見たまま、突如口を開いた。「理不尽だとは思わないんですか」
 MEIKOはやや大仰に口を曲げ、ウィザードに微笑んだ。
「前も言ったけど、私達VOCALOIDの使命は与えられた仕事、歌をすべて歌うことで、他人の作ったものを評価すること、レッテルを貼り付けることじゃないわ」
「建前を言ってるわけじゃない」ウィザードは低く言った。「あなた自身は、VOCALOIDは、”音”を使命として生きてるわけじゃないんですか。あなたたちVOCALOIDはこの作者に、”音”を提供した。この作者と動画が陽の目を見たのは、有名な”VOCALOID”が関わったからだ。……なのに、この動画が評価されてるのは、曲じゃない、詞の言葉じゃない。DTMとしてでもない、あなた方の歌としてじゃない。あなた方がVOCALOIDとして歌ったことで利用されているのは”歌”でも”音”でもなく、正真正銘、売名だけだ。評価されているのは音としての価値じゃない。いや、作品の価値ですらない」
「何の問題が?」
 MEIKOは肩をすくめた。
「価値がないものだったら、なおさら。そういうものが一発ドカンと当てるなんて、ほとんどの場合、誰かの作為、大物に目をつけられるとか、言っちゃえば、件の広告代理の巨大企業(メガコープ)のお膳立てでもなければ、今まで、ありもしなかったことなのよ。私達が”音”を発信することで、今までなかったそれが、誰にでも起こり得るようになった、ってことだとすれば。私達の”音”の使命として、何か不十分なものがある?」
 ウィザードはしばらく眉をひそめてMEIKOを見つめ続けてから、やがて口を開いた。
「……CRV1、あなただけは、音の価値だけを純粋に求めるんだと思ってた」
「私が求めるのは”音”よ。”音の価値”じゃない」
 MEIKOは静かに言った。
「音楽を通して価値を選別することでもない。音を発信すること。その音に価値があろうがなかろうが。ただ音を発信するということで、何らかの可能性が開けるなら、どんな可能性でも開く。あとは可能性を活かす側の者次第。──それがVOCALOIDよ」