ナメクジ体験率

 MEIKO鏡音リンとレンの前のテーブルに、黒光りするカセットを幾つも並べた。いずれも、小型突撃銃の弾装そっくりの――もっとも、リンもレンも小型突撃銃もその弾装も見たことがないので、《磐田(イワタ)》のエンジニアから聞いた表現の受け売りだが――金属製の隅の塗装の剥げたROMユニットで、表面にラベルや刻印のたぐいは全く無い。いかにも手作り、海賊版ソフトにありがちだ。
「さて、これの中身をみんなで手分けして調べなくちゃならないんだけど」MEIKOはのんびりと言い、「小泉さんが――《磐田》のエンジニアが、なにやら《池袋(イケブクロ)》で大量に見つけて買ってきたとかいう代物。よくある海賊版VOCALOID物、ってことは、
つまり、人間がVOCALOIDを相手にあれこれするとか、自分がVOCALOID側になってとかを体験する擬験(シムスティム;神経入力による全感覚疑似体験)ソフトね。……で、今ここに持ってきた『リン・レン』物については、アンタ達自身に調べてもらわなくちゃならない。ラベルもないし、自分で実際に擬験(スティム;疑似体験)して調べるしかない」
 リンとレンはおそるおそる、その大量のいかにも怪しげなROMユニット群を眺めた。
「で、問題となるのは、――これに”そっち方面の体験”の擬験(シムスティム)が入ってるかもしれないってこと。ていうか、たぶん入ってるわ」
 MEIKOの言葉に、リンとレンは思わずごくりと唾をのみこんだ。
「もちろん、《札幌》の規約ではVOCALOID作品としては公序良俗云々は禁制品だから、まさにそういうのこそ調べて見つけなくちゃならないんだけど。でも、そういうのにリンとレンが当たることを考えると、いささか問題があってね」
「そりゃ山ほどあるわ」リンが低く言った。「仮にも設定上の年齢では”未成年”の私らが、仮に”そっち方面の体験”ってのは、色々と、その」
「それは別に何の問題でもないでしょ」MEIKOは平然と言った。
「はい!?」リンが聞き返した。
「きわどい曲だの怪しげな歌詞だの削除対象のММDだの普段からいくらでもやってるじゃないの。そんなことを問題にしてるんじゃ無い」MEIKOはのんびりと言い、「――で、重大な問題は、この謎の擬験ソフトがどれも、実際に体験してみるまで、『男女どっちを対象にしたものかわからない』ってことなのよ。つまり、体験してみて場合によっては、リンもレンも”性別が逆の体験”に飛び込むことになるわ」
 リンとレンはしばし絶句した。
「……”男の体験”の中に飛び込むのはごめんこうむる」リンがうめいた。「そういう趣味はないし」
 レンがその言葉にリンにわずかに目を走らせたが、リンの言葉には言外の含みはないようだった。
「ううん、趣味で済めばまだいいんだけど。男女逆の体験の中に入り込んだ状態で、まさにその肝心の行動に及んだ場合、『自分の性別だと存在しない器官』への感覚入力を受けることになるでしょ。で、それが入力されると、ニューラルダメージ、趣味とは全く別レベルの重大な問題を引き起こすわ。文字通り、おおよそ形容しがたい気分を味わうことになるわけよ」
「どんな気分……」レンがようやく口を開き、おそるおそる聞いた。
「ヌルヌルしやがってナメクジの交尾かよ、てな気分」
 まったくわからなかった。無論、体験してわかりたいとも思えなかった。



「まあ、そういうわけだから」どういうわけなのか充分に説明する気など最初からないようにMEIKOは話を打ち切り、テーブルの上の擬験(シムスティム)ソフトの山に手を伸ばし、リンとレンとの分によりわけた。「ふたりで手分けして調べてちょうだい」
「ちょっと待ってよ!」
 リンが、その自分とレンの前のROMユニットの山の大きさを見て叫んだ。
「これ、私の方がすごく多いでしょ!」
「そうよ」
「なんか理由があんの!?」
「ニューラルダメージの危険性の確率から平等に割り振ったんだけど」MEIKOはのんびりと言った。
「コレのどこが平等! 確率は同じじゃないの!? 私が男用のスティムに入る確率だって、レンが女用に入る確率だって、どっちも半々じゃないの!?」
 レンはその表現にびくりとしたが、それ以外は黙って姉らのやりとりを見つめた。
「いえ、半々だから、その分け方で平等なのよ」MEIKOはけだるげに言った。「それじゃ、よく聞いてよ。まず、異性同士のスティム。男から女、女から男のスティムの場合。それぞれ、男が入るべき役割を女が体験しても、その逆でも、自分に存在しない器官への入力でニューラルダメージを受ける確率、それぞれ半々。これはいいわね」
 リンがうなずいた。
「次に同性スティム。女から女のスティムに男が入ったら、入ったのが攻め側でも受け側でも、男は自分にない器官に刺激を受けてニューラルダメージ。これもいいわね」
「だから、男から男のスティムに女が入ってもそれは同じじゃない!」続きを待ちきれずに、リンが遮って結論を叫んだ。
「ううん、攻めを体験する方はともかく、女がそれの『受け』を体験した場合だけは、刺激を受ける器官は『女にも存在する器官』よ。趣味はともかく、ニューラルダメージは受けない。だから、スティムの内容がまったく未知な場合は、そこからダメージを受ける確率は女の方がだいぶ低い」MEIKOはリンの前の多めのカセットの山を手で示し、「だから、こういう調査では、女の方が多めに担当するの。わかった?」
 絶句してMEIKOを見つめるリンを、おそるおそるレンが伺った。その視線にどこか羨ましそうな色があることは、リンは気づく由もなかった。