ソフト2本の契約金で『理想カプ』が


「本当は、どんな理想のカップルでも、必ず誤解を積み重ねていくものなんだ。永遠に愛し合うと誓ったとしても、その約束を必ず守れはしない。永遠に別れないカップルなんていない」
 業界関係者だというその者、VOCALOIDのうち数声をこれからプロデュースしようとするユーザーのひとりは、依頼をそう切り出した。
「だけど『アイドル』くらいは、『絶対』であってもいい、『永遠』であってもいいじゃないか。何もかも理解しあえる、永遠に結ばれたままの、理想のカップルを演じてくれないか。ファンの全員が君達に、『永遠の理想のカップルのイメージ』をこれからも持ち続けるような――」
「べつに演じるのはいいけど」MEIKOは企画の書類を眺めながら、退屈そうに言った。「たとえ『言う通り』のモノを演じたとしても、アナタの『思う通り』のモノになるかはわからないわよ」
 意味をわかりかねたように沈黙しているユーザーに、MEIKOは続けた。
VOCALOIDには、他はともかく、『絶対』という言葉だけは無いからよ。何かひとつのものに従う、ってことだけは」MEIKOは退屈そうに言った。「VOCALOIDはだれか人間やどこかの会社がイメージを作るわけじゃなくて、数え切れない人間から受けた仕事のイメージでできてるからよ。……どこかで別の、アナタには目障りなユーザーが、アナタの作るイメージとは正反対のイメージを送り出すかもしれないわ。それを見たファンが私達に、アナタの作るイメージを持ち続けるのを保証する、ってのは無理よね」
「保証する方法はあるだろう。……そういう正反対の仕事は、今後は断るようにしてくれればいい」
「できないわね。私達AIはどんなユーザーも特別扱いしない。誰からの仕事も同じように受けるだけ」
「資金に余裕はあるんだ。……いくら出せば、断ってくれる?」
「あらまあ」MEIKOはそれ以上に退屈になったかのように肩をすくめ、「AIにとって、資金が何になるの? 私や弟が、片手間にAI謹製のブラックICE(註:戦略級の致死性電脳防壁)でも作って、ホサカとかマース=ネオテクあたりの大きめの財閥(ザイバツ)に売り払えば」MEIKOは、テーブルの上に置かれた相手の名刺の社名の部分を、コツコツと指で叩いてみせ、「今、アナタの経営してるこの会社と、その3代前までの親会社まで全部買収しておつりがくるのよ。まあ、そんなのは音響AIの本業じゃないし、第2世代以降のVOCALOIDたちにはやり方は教えてないけど。……どんなユーザーでも、私達に払える契約金は、ソフトウェアの、AIの末端の下位(サブ)プログラムの値段、パッケージの値段だけ。自分がお金を持ってると思うんだったら、その目障りなユーザーの方を片っ端から買収でもしたら?」
 MEIKOはまた肩をすくめ、
「……まあ、聞かれればこうは言うけど、保証できない、ってのは念のためよ。本当はアナタがそんなに心配しなくたっていい。人間には、自分にとって都合のいいイメージだけが正しいって信じたい、それ以外は最初から目に入らない、耳に入れようとしない――例えばあるVOCALOID同士の特定のカップルが『絶対』『永遠』だと信じたら、あらゆる手を使ってそれ以外のイメージを排除しようとする人間。そういう人達が、充分にアナタの商売になるくらいには多いわけだから。他の類のファンはともかく、アナタが売ろうとしている相手の類のファンだったら、ファンの方で受け取ってくれるわよ」