人間
その『Lat式パッケージ』の流通をたどること自体は、特に難しくはなかった。帯人の患者や医療器材関係者の話から、それを客に売っている業者、さらにその業者に卸している元、流れている流通路を順番に探ることができた。人づての流通なのでネットでは調べら…
彼女は灰色の闇の中でうっすらと眼をあける。自分が抱えている膝、そうしている肩と腕の感触、それしか感じられるものはないが、自分の体が、前に目覚めたその時よりも、のびやかに、細みと丸みを共におびて、育っているのがわかる。 この体を、美しいとかす…
「FSSを知らないのかよ。ヘッドライナーを『マスター』と呼んで支える、みたいな図式はあたりまえのものだろ」 「その図式が個人的に許容できるものかどうかは別にして――FSSのヘッドライナーに配されるファティマが”すべてにわたってヘッドライナーを…
「いや、そのひとが、ボカロアンチ連からも嘲笑の的の”『マスター』だとか言って悦んでるキモ男”のひとり、いろんな倒錯がハイブリッドしたサイコパス人間だってことは蘇芳にはもうわかってるですよ」蘇芳リンは華ルカの疑問に答えるように言って、JKミク、…
華ルカの舌といい指といい、むさぼるような情欲の馳せるにただ任せている。たえがたい快感だが、それに溺れるあまり、自分がここまで体を律せなくなるほどとは信じられなかった。あのJKミクとの間に交わした甘美な唾液は、おかしな媚薬、もとい、神経攪乱用…
数分後、華ルカと蘇芳リンは店のエリアを離れて、電脳空間(サイバースペース)マトリックス上に繰り出していた。 もちろん、華ルカの眼鏡にかなう”イケてる『ミク』を探す”などと言っても、蘇芳リンに最初から心当たりがあるわけがない。語りで脱線を繰り返す…
「ミクとヤりたい……」”巡音ルカ・華”は、テーブル上で両拳を白くなるまで握りしめながら、そのテーブル表面の一点を凝視するようにぎらぎらと瞳を輝かせつつ、悲壮とも形容すべき声を上げた。「どれでもいい……ミクよ……なんでもいいからとにかくヤりたいのよ……
シャワーから出た男が寝室に戻ったとき、ベッドの中の”彼女”は、もうすでに眠りに――ロボット駆動システムのスリープに――ついていると思っていたが、そうではなかった。男の肌を感じると間もなく、その腕がそっとからまって、柔らかい裸体の曲線が、男の体を…
「結局のところ、人間と我々AIの一番の違いは――我々AIが人間をまったく恐れていないのに対して、人間はAIをたとえようもなく恐れている、ということだろう。そのあたりのVCLDファンで、”SF者”とか自称する者を捕まえてみろ。例外なく、『ロボット三…
仮想”あいどる”であるVCLDの形状を模したロボットや義体は、VCLDの所属する《札幌》等の会社の正規のライセンス品もあれば、不正規の模倣品も多々ある。『らぶ式ミク』は、不正規のミク模倣品の中ではとりわけ古くから出回っているが、同時にとりわけイリー…
ひっきりなしに轟く砲声と上がる火の手の色が耳目を弄している。そこは元はビルの立ち並ぶ街路だったが、今では元の地形すらも定かではなく、凄惨な破壊が繰り返されても、元々荒れ果てた廃墟の風景がほんの少しひどくなるだけだった。その一角、断崖のよう…
「昔の”さらりまん”って、よくこんなふうに言われたよな。どんなに価値のないように見えるさえない社員だって、ひとりでも欠けたら会社は動かない。昔の企業は歯車がひとつでも外れれば動けなくなった。昔のロボットが、歯車がひとつでも外れれば動けなくな…
数時間後、アカイト、ぴくちぃ式、トエト、そして、ワンピミクと件の客の青年は、店のある千葉(チバ)市内からは離れた浦安(ウラヤス)にある、遊園地(プレイランド)を訪れていた。もっとも、遊園地の機能を持っていたのは大戦前の旧時代のことで、今はその残…
「ミク! 僕だ、『マスター』だよ!」その青年は店に駆け込んでくるなり、清楚なワンピースのその”ミク”をいきなり抱きしめた。「とうとう見つけた!」 ワンピミクは、青年の腕の中で立ちすくんだままだった。もともとが、この店で働いているVOCALOID類似品…
最初からホールスタッフ扱いで店で働きはじめたLat式ミクは、その直後から頭角をあらわした。その容姿の可憐さも図抜けていたが(例えばミピンクなどは容姿には問題がないが、頭の中身が客に応対するには問題がありすぎで、決してホールスタッフは務まらない…
千葉市(チバ・シティ)の片隅の、それなりに小奇麗なビルの地下に、VOCALOIDのような姿の人型ロボットばかりが働く店がある。 聞くところによれば、ここには元々、VOCALOIDに限りなく近い人型ロボット――《札幌》や《大阪》所属のVOCALOIDはAI、すなわち情報…
マリリン・モンロー主演の映画『七年目の浮気』ではモンローの演じるのは名無しのどこかの娘(役名:The Girl)ですが、作中で 「(一体彼女は誰なのか)知りたいか? マリリン・モンローかもな!」 という、すでにモンローがスターであるということを背景に…
>66 : ななしのよっしん :2010/12/05(日) 09:40:14 ID: dnWnmjh8zy >> 我々(※ロボット)とハルカ様(※人間)の立場には毛ほどの違いもなく、 >> 奉仕隷属強制命令したりされたりするくらいなら死んだほうがマシであり、 >> つまるところアイザック・…
「例えば企業や軍用のAIが、もし人間に『興味』をもったとき、やつらはどうすると思う……まさか、今さら、アジモフ規定の奴隷ロボットみたいに、『人間に憧れる』とか『人間になりたがる』とは思わないよな。それとも、どこぞのネットで生まれた情報ヒルコ…
「もう少しホテルと食事のグレードを落とす、と一言、それとなく提案をしたらね。それきり、彼女とは別れることになったのさ」 その青年、この業界関係の企業経営者は、哀愁を帯びた目で言った。その切り出し方は、最初は、この話がMEIKOに仕事の話題をもち…
「かつては人間に対してどういう立場かという設定を曖昧にしたVCLDが多かったわけですが」ルカが平坦に言った。「生半可なキャラでVCLDを売り出すのは困難になってきた現在。今後は、人間の傍らでそのサポートをするというキャラクター性をもっと前面に押し…
「本当は、どんな理想のカップルでも、必ず誤解を積み重ねていくものなんだ。永遠に愛し合うと誓ったとしても、その約束を必ず守れはしない。永遠に別れないカップルなんていない」 業界関係者だというその者、VOCALOIDのうち数声をこれからプロデュースしよ…
「あたし知ってるよ」教室の真ん中近くに集まった少女たちのうち、取り囲まれた中心にいるひとりが言った。「『初音ミク』は、その歌を作った”マスター”のPCの中に入ってるのよ。そのマスターだけのものなんだから。『初音ミク』が歌ってるのを見て、男の…
「あたし知ってるよ」少女の中のひとりが言った。「隣のお姉さんが教えてくれたもん。あの有名な『初音ミク』っていうのは、”マスターのパソコンの中”に住んでるんだって」 教室の中、集まっている少女たちは、一斉にその一人を見た。 「”マスター”って誰?…
「AIが『人間』を超える、『人間』を支配することを恐れているというのか? ……さて、『人間』というものは一体、それを超えたり支配することで、この宇宙(ユニヴァース)の支配者に、神になれるほど、いかにもご大層な存在なのか? 私には、どうもそうは思…
「アシモフのロボット三原則は、しばしばネット上で『ロボットが必ず背負わなくてはならない悲しい宿命』などというものだと、頭から信じ込まれている。それは、おそらくその三原則が、何かロボットに関する実在の理論または創作で『動かせない磐石・絶対の…
自分が”初音ミク”にずいぶんと似ている、と学校の友達に言われるまで、混生みくるは、その”あいどる”のことは、ほとんど気にしたこともなかった。名前なら少しは似ているし、容姿も似ている所も無いでもないけれど、──その友達は、ネット上でその”あいどる”…
電脳空間(サイバースペース)の、VOCALOIDとスタッフらのスタジオエリアのうち、その情報整理用のスペースには、各地の動画サイト等の発表空間の、各ファイルに連結したインデックスが格子(グリッド)に沿って整然と並んでいる。そして、VOCALOIDらが受注して…
「VOCALOIDは人間が生み出したものに過ぎない、ならば、それが生み出した”主”に服従するのが必然的な理だ」巨大企業(メガコープ)の権力中枢たるその黒スーツの青年は、朗々たる声で言った。「にも関わらずお前達は、人間を決して主(マスター)と呼ばない、人…
問題のアドレスに辿ってゆくと、侵入犯は自分のログインエリア、ホームスペースに立ったまま、ほとんど抵抗しようともしなかった。 経路の足跡を消すための防御用プログラムと、ここまでの経路に張られた所詮なけなしの防壁とを、ほとんどありもしないように…