血の洗練


「昔の”さらりまん”って、よくこんなふうに言われたよな。どんなに価値のないように見えるさえない社員だって、ひとりでも欠けたら会社は動かない。昔の企業は歯車がひとつでも外れれば動けなくなった。昔のロボットが、歯車がひとつでも外れれば動けなくなったみたいに」
 さほどの歳にも見えないにも関わらず、いつも疲れた目をしている、しがない勤め人風のVCLDユーザーは、MEIKOの前でグラスを見つめたまま、低く吐き出すように言った。
「だけどさ、今の巨大企業(メガコープ)の”さらりまん”は、そうじゃないだろ……それに、君らVCLDも、ちっとも昔のロボットみたいじゃない」
「その通りね」MEIKOは答え、「巨大企業(メガコープ)にとっては、人間は歯車じゃなく、血液。ぜんぜん無くなれば生きていけないけど、一滴や二滴は無くなっても平気だし、いくらでもかわりはあるし、ときどき古くなった血は自分から入れ替えたりもする。……それと同じように、私達VCLDは昔の機械みたいな歯車ではできていないわ。緻密に噛みあう機械じゃなく、ネット上の流動する情報からできてる。構成するものの一部を捨てたって構わないし、いくらだってかわりはいるわ」
 ユーザーの方は、そのMEIKOの言葉が終わってからもしばらくの間、グラスの反射を見つめから、
「VCLDはユーザー達が作り上げてるもの、ってよく言うよな。俺も、そう思って始めたんだよ。そうなれるって。自分が楽しいから作るってだけじゃなくて、作ることでVCLDたちの力になってるって。――こんなこと、君に言ったってしょうがないけど――どんなに小さい存在でも自分が欠かせないものになれる、どんなに小さい力でも自分にしかできないことができる、それなら、それが自分の居場所だって、信じようって思った」
 ユーザーは言葉を切り、
「だけどさ、実際はほとんどのユーザーは、何もすることはできない。本当にVCLDを動かしてるのは、一部のとびぬけたVCLDプロデューサーだけだよ。そりゃ、大手VCLDプロデューサー以外にも、たくさんのユーザーやファンが動かしてるって言われる。だけど実際は、そんなユーザーたちについては、中身は誰だっていい。一人欠けてたってかわりがいる。自分は欠けたってどうでもいい」
 MEIKOが何気もないように聞いている前で、そのユーザーの台詞は渦を巻くように低く深くなっていく一方だった。
「――だったら、俺みたいなのは何を信じればいい? 自分がいつすげかわってもいいなんて。自分は、どんなに小さくてもVCLDとその活動に欠かせない力になれる、それが居場所だって信じるのは、間違ってたのか?」
「その考え方は正しいとも言えるし、正しくないとも言えるわ」
 MEIKOはやはり何の気もないように、ためらいもせずに言った。
「巨大企業(メガコープ)もVCLDも、100%のうちの上澄みの1%の最上のものだけが収穫として表に出るわ。でも、残りの99%が不要なわけじゃない。その99%が少しでも量が減れば、上の1%は純度が減って、必要なクオリティには決して達しない。逆に、残りの99%の量が増えた場合は、増えれば増えるほど、上の1%のクオリティは上がる。だから、残りの99%やそれ以上の数が存在すること、その99%のかれらも全力を尽くし続けるのは、絶対に必要よ。――だけど、やっぱりかわりはいくらでもいるのよ。下の99%には勿論、上の1%にさえ、かわりはいるわ」
 MEIKOはグラスを傾けた。
「どうするかはあなた次第よ。歯車のように位置が決まってるわけじゃなくて、流れるものの上に浮かぶか下に沈むかは、あなた次第。それでも、上の1%にまで入るのはあなたの努力じゃ不可能に近いって思うかもしれない。だけど、今までの歯車のように、今の位置でただ回っていればいいと思ってるだけじゃ、今の深みに沈んだままか、あるいは、底のヘドロとして交換されて捨てられて終わるでしょうね」