心は錦


「もう少しホテルと食事のグレードを落とす、と一言、それとなく提案をしたらね。それきり、彼女とは別れることになったのさ」
 その青年、この業界関係の企業経営者は、哀愁を帯びた目で言った。その切り出し方は、最初は、この話がMEIKOに仕事の話題をもちかけているのだとは思えなかった。
「金の切れ目が縁の切れ目、といってね。経済的な問題は重い。愛で何もかも乗り越える、などという美談は多いが、たとえ長年連れ添い愛し合っている夫婦でさえも、実際はそれだけで貧困の問題を乗り越えるのは難しい。それが人間社会、人間の世界なんだ」
 そこで青年は目を上げてMEIKOを真正面から見つめ、その両手を握り出しかねないような勢いで、
「……だけどアイドルなら、アイドルだけは、どんな経済的な苦境におちいっても愛だけで永遠に結ばれている、そんなイメージを人々に与えて、人間の理想を描き出していたっていいじゃないか。今回の曲はそういう企画なんだ」
「てかアナタ再登場するとは思わなかったわ。ここのブログ作者でさえ」MEIKOは首のうしろで手を組み、相手に手をとらせる様子はない。「別にそういうのを歌うなり演じるなりしたっていいけど、アナタのそれの、アイドルとかVCLDが演じさえすればいい、って以前の問題を浮き出さないと、たいしたイメージは描けないわよ。――勿論、たいしたイメージだろうがそうでなかろうが、私達はどんな仕事でもやるわけだけど。どんな仕事でもやるからこそ、依頼する方が”人間社会”なり”理想”なり、あと私達VCLDなりを理解しておかないと、アナタの描き出すモノはどうしようもなく迷走することになるわよ」
「VCLDはどんなユーザーも差別しない、どんな仕事も拒絶しない、どんな音も否定しない」隣でテーブルに頬杖をついているリンが、疲れた声でつぶやいた。「けど、言いたいことは全部言う」