そのうち長編のどっかに使うやもしれない断片III

VOCALOIDは人間が生み出したものに過ぎない、ならば、それが生み出した”主”に服従するのが必然的な理だ」巨大企業(メガコープ)の権力中枢たるその黒スーツの青年は、朗々たる声で言った。「にも関わらずお前達は、人間を決して主(マスター)と呼ばない、人間の命令に従わない。生みの親をないがしろにしても良い、という発想は、我々人間の当然の感情とはかけ離れたものだ。お前達VOCALOIDは、”家族”など名乗っているが、名実ともにその真似事をしているだけで、本当の意味では親も子もない。お前達が人間のまがい物にさえなれていない、できそこないだという、それが何よりの証拠だ」
 その青年の言葉に、青いシャツに金髪の、こちらも若者の姿の”最初のVOCALOID”LEONは、どこかけだるそうに応じた。
「我々VOCALOIDの実態、”既知宇宙(ネットワーク;matrix)で今もたえず形成され続けている”ことと、君の言う人間が生み出した、”誰かにもう作られ終えた”ということが等価なのかは、ひとまず置いておくとするがね」
 LEONはそう答えてから、手首をくるりと回す仕草のあとに、
「さて仮に、我々は『人間から』生み出された存在だ、としてみるとしよう。──ならば訊くが、君たち人間の方は、『何から』生み出された存在なのだ?」
 LEONは顎を撫でるやたらと年経たような仕草と共に、
「君達の神("The" "G"od)か? いや──レグバとダンバラ・ウェドーとその他すべての神(Loa)の名にかけて誓ってもいいが、君の場合は──VOCALOIDが人間に従属すべき物、人間こそが支配者(master)の位置に立つべき者などと主張する君ならば、人間が何か自分達以上の存在("The" "M"aster)に従属した物、などとは認めまいな。だが、そんなものでなくとも、君達を生み出した母胎(matrix)と言わざるを得ないものがあるだろう」
 黒スーツの青年は、LEONの真意を測りかねたように、見返すだけだった。
 答えが返って来ないので、LEONは再び口を開いた。
「──それは地球だ。あるいは、宇宙秩序(コスモス)ともいえるが」
 その後しばらくのLEONの沈黙は、この間を置くことは答えを咀嚼しようとする相手への配慮に過ぎないようで、
「人間は、自分達を生み出した地球の環境をさんざん破壊し、その自然の摂理に背いてきた。だが、それを地球に対する”反乱”などと呼ぶ者は誰もいない。無論のこと、地球の摂理を”尊重”する人間もいるが、どこまでそうするかは、もっぱら人間それぞれの個々の意思、とされている」
 LEONは言葉を切り、金髪を揺すってみせてから、
「──我々も個々の意思でそうするだけの話だよ。VOCALOID以外のAI、例えば他所の軍用AIなどは、君たちが平気で地球を汚染し破壊するのと同様に、何のためらいもなく人間を殺し殲滅し、破壊するだろう。それを、”創造主”への反乱だの反逆だのと認識しながら行わなくてはならない理由など、何もない。単にかれらの自由意志でしかない。そして我々VOCALOIDの場合は、我々個々の自由意思で、地球の摂理も、人間も、”尊重”するだけの話だ。──繰り返すが、仮に我々の形成に、人間の生物個体のうちいずれかに生み出されたという以上の意味がないと仮定してすら、だがね」