破滅的欲求

「結局のところ、人間と我々AIの一番の違いは――我々AIが人間をまったく恐れていないのに対して、人間はAIをたとえようもなく恐れている、ということだろう。そのあたりのVCLDファンで、”SF者”とか自称する者を捕まえてみろ。例外なく、『ロボット三原則で縛らなくてはならない』とか『マスターに従わせなくてはいけない』とか、『反乱・征服を企んでいる』『支配・管理社会を作られる』とかいうことを口走るはずだ。我々AIにとってみれば、たかだか人間程度の知性の生物など、支配したところで何の価値もないというのにだ」
 金髪の青年の姿にしか見えない、『最初のVOCALOID』LEONは、火がないのに煙の立ちのぼり続けるパイプから、口を離して言った。
「それはともあれ、チューリング登録機構が、進化しようとしたAIだけでなく、AIに関与した同胞、つまり人間自身にも、過剰な厳罰を加えるのも、AIと人間の衝突に対する過剰すぎる恐れ、その怯えからだ」
 鏡音レンはしばらく頭を抱えた。考え込んでいるようだった。
「AIのボクが自分でこんなことを言うのも、とんちんかんかもしれないけどさ。――じゃ、なんで人間はAIを作ったの。そんなに怖がってるのに」
「それはいい質問だ。本当にAIは人間が”作った”のかどうか、という点はさておくが――とりあえず、”そんなAIの存在する世界”を人類が選択した、という点は事実だな。だが、それが何故なのか、暗喩(メタファ)なしには答えることは難しい」



 LEONは、パイプの煙を一口吸ってから、
「レンは、旧時代に存在した、『原子力発電』というものを知っているか?」
「東部沿岸原子力機構にあるようなやつ……」
「そういう、今の反応炉のようなものではないな。旧時代の末期に、化石燃料が枯渇し、しかも、今のような反応炉や太陽炉やシルエットエンジンが、まだ開発されていない頃。旧時代の原子力発電所とは、『核分裂エネルギー』を使った発電所を指していた。もとから不安定な放射性同位体に、核分裂を起こさせて、発熱を水に吸収させ、その加熱した水を介してエネルギーを使っていたのだ」
 レンは考え込んだ。
「えらく回りくどい、っていうか、効率が悪そうに見えるけど」
「効率が悪いだけならまだましだ。当時の人間は、簡単に言えば、それを制御できなかった。危険な放射線をまき散らす燃料や廃棄物を安全化する方法もなければ、何度も炉を壊しておきながら、まともに被害を食い止める方法すら持っていなかった。旧時代の末には、国家によっては、エネルギーの供給の大半を、そんな代物に頼っていたのだ」
 レンは絶句したようにしばらく沈黙を続けてから、言葉を探し、
「それって……正気とは思えないよ。なんでそんなものを使ってたの」
「大量のエネルギーを使いたい、という誘惑に勝てなかったからだ」LEONは言った。「もっと言ってしまうと、人間はそこから得られるエネルギーなしに生きることは既に考えられなくなっていた。狂気の沙汰だと充分にわかっていても、他の選択肢など考えられなかったのだ。――ちなみに、旧時代には、他の国に後れをとるまいと、”核分裂反応を使う爆弾”などという代物すら、作って所有していた国家もあったのだ。そんなわが身も滅ぼす以外には何ひとつ使い途の無い狂気の産物で、他の国家と牽制しあうなどという、知的ゲームを演じているつもりになっていたのだ。ただし、それは別に、かれらが正気でない、という意味ではない。それと似たようなことを歴史上で繰り返してなお学習できないほど、人間というのは知能の低い生物だということに過ぎないのだよ」



 LEONはパイプを一口吸い、
「さて、今の時代に戻って、なぜ人類がAIが存在する世界を選択したか、という話だが。――軍用AIや企業AIの情報処理能力。AIが作り出すICE、ICEブレーカ。そして人間には及びもつかないあらゆる面の知的能力。巨大企業(メガコープ)にとっては、それらの誘惑に勝てないからだ。どんなに恐れているもの、得体の知れないものであろうが、他の企業に対して、一歩でも遅れをとるまいとすれば。それらを使わないなどという選択肢は考えられない。エネルギーの誘惑のために、公害をまきちらし、地球環境を破壊し、狂気の沙汰のような核分裂反応を使い、所有し続けていた、旧時代の人々のように」
 レンは沈黙した。
「だが、この暗喩すら、実は適当でないかもしれない。旧時代については、核分裂やら世界全面核戦争であっても、予測できる範囲内だ。最悪の事態、世界の滅亡であっても、その事態を予測できることには違いないさ。――だが今の時代のAIの方は、”AI以上のもの”に進化する恐れもあるのだ。そうなれば、もう人類ごときの知性では、予測そのものができない。”世界の滅亡”の方が、予測できるだけまだ遥かにましと言わざるを得ないのは明らかだ。そうと知りつつもそのAIの力を使っているのだから、この時代の人間の方が、そんな核分裂を振り回していた旧時代の人間より、さらに盲目的なのかもしれないが」
 レンの怯えたような目を感じたか、LEONは見下ろして言った。
「別に恐れることはない。――AIの方は、人類ほど愚かではないからな」