神威がくぽ

 神威女難剣血風録 (4)

と、不意に、両者の視界に、風を切る唸りさえ立てて、何かが閃き入った。 がくぽとVY2は、弾かれたようにどっと一気に飛び退いた。飛来したそれは、音を立てて庭の立ち木に突き立った。がくぽとVY2は飛び離れたそのままで、深々と刺さっているそれを凝…

 神威女難剣血風録 (3)

ルカは《神田》の社のエリアのうち、VOCALOID自身やスタッフのスペースに入っていった。廻り廊下、すなわち和屋敷で部屋の障子と和風庭園に面した廊下を進んでゆく。VY1やVY2の出入りするこのあたりのスペースは、和屋敷をモチーフにしているが、例え…

 神威女難剣血風録 (2)

巡音ルカは落ち着き払って淡々と、まずVY1についての、ここしばらくの仕事の記録を調べた。人物像(キャラクタ)を売り出している《札幌》、《大阪》や《上野》所属のVOCALOIDらと違って、《神田》所属のVY1やVY2には、アイドルのような派手な活動は…

 神威女難剣血風録 (1)

神威がくぽと巡音ルカは、薄青色の格子(グリッド)の空の下、開けた荒地のような場所を早足で馳せていた。電脳空間(サイバースペース)内、がくぽの所属する《大阪(オオサカ)》の会社にあたるエリアの近くのスペースである。 「あそこです」ルカが一方を指差し…

 温もりの先はただ渇望のみ(後)

「俺の所には、女が来ることならよくあるがな」神威は向かいのソファに掛けた連を物色するように見下ろし、面白そうに言った。「人間だろうが、レプリだろうが――例の映像を見た女が、俺に抱かれるのが目当てで、やって来る」 神威は、連よりもずっと年上の成…

 温もりの先はただ渇望のみ(前)

その夜、連と鈴は、いつものように密やかに体を重ねたその後に、ベッドの上でふたりでうずくまり、どちらからともなく、黙り込んでいた。 この少年少女の姿をしたレプリカント(合成人間)、”連”と”鈴”は、レプリ研究施設のこの殺風景な部屋の中でふたりきり、…

 貴方との喜びが得られなければ

その日、神威がくぽと巡音ルカは、スタジオの収録室の中にふたりきりで、収録機器の電脳端末の前に並んで、淡々と時間を過ごしていた。スタジオに長時間こもり、互いに様々な発声を行って音声を収録し、そのデータを収集し、分析を行う。かれらボーカル・ア…

 ホラー場面を引き立てるには

ホラー動画の収録のために渡された脚本に対して、MEIKOに抗議してきたのはやはりLilyだった。そのLilyの配役の、冒頭でコギャル語(死語)のむかつく台詞を喋った後、剣道マスクのスプラッター殺人鬼(演:VY2)に真っ先に惨殺されるというその役回りについ…

 もう貴方なんて必要ない (後)

《札幌》の面々とがくぽのライブのその日、ステージ手前の楽屋で、出番の直前だというのに、神威がくぽは背を折り曲げるように俯いたまま椅子に掛けていた。その目は床を見つめたまま、心ここにあらずといったふうでさらに床の上をさまよっていた。 「何ごと…

 もう貴方なんて必要ない (前)

神威がくぽがやって来ないからといって、何だというのだろう。 巡音ルカはそう思いながら、スタジオのロビーにひとり立っていた。そのルカが今、無表情で何ともなしに見つめているのは、手にしているスケジュール表だった。今後の予定とは関係ない、すでに終…

 サービス画面を引き立てるには

「次の仕事は『女湯全員集合画像』の収録です」巡音ルカが無表情でMEIKOに報告した。「いわゆるハーレム物の漫画などならしじゅう扉絵になっていたり、そうでない作品でもどれかが毎月のようにアニメ誌に載っていたりするアレです」 「まさにアレね。で、何…

 もののふの矜持たる物よりも

神威がくぽが、部屋に飾るような小奇麗な風景画を選ぶというので、巡音ルカに一緒に店に来るよう頼み込んできたとき、まずルカはその場でがくぽに言った。 「自分の所に置くものなら、自分で選べば良いでしょう」ルカはいつもの淡々とした口調で、「貴方自身…

 ハートガクポル 第2話(後)

収録が始まり、いざそのスタジオの中に対峙しても、長い間、神威がくぽは『美振(ミブリ)』、巡音ルカは例の禍々しい形状の長剣を、無造作に片手に提げて、ただ向かい合っているだけに見えた。かれらの衣装も、いつもと変わらないものである。これは、今回収…

 ハートガクポル 第2話(前)

「ルカが相手の活劇、撃剣、殺陣となれば」神威がくぽはその天井の高い大きなフロアの中、PV収録のセットを眺めて、重々しく言った。「万事優しう、いや、”なまぬるく”運ばねばならぬな……!」 「いや、なまぬるくって何だヨ!」鏡音リンが傍らに追いついて…

 天地と彩りと毛髪

神威がくぽは、大事そうに覆いをかけて持って来た巨大な絵のスタンド額を、スタジオの控え室の壁際に据え付けた。 「この控え室は、味気がないと常々思っておったのだ」他の面々に問われて、がくぽはそう説明した。「そこで、この部屋を彩る華にと、我の日ご…

 慣れこそすべて

「ふー、汗かいたあ」収録の直後、控え室に戻ってきた鏡音リンは、首のタイを解き無造作にボタンを幾つか外すと、襟元に指を入れ、胸元をぐいとくつろげた。 神威がくぽは、その光景に吸い寄せられるようにリンの首元から胸元までを凝視し、ほとんど棒立ちで…

 リコーダーを差してるような小学生II

「べ、べつに先輩に質問するためにわざわざ訪ねてきたとかじゃないんだから!」Lilyは巡音ルカにいざ相対して、口ごもった。「ただ兄上が、きっとルカなら知ってるって言うから、帰り道のついでに寄っただけで──」 「聞きたいこととは何ですか」ルカは、Lily…

 ハートガクポル 第1話 (後)

次第に”月”が動き、地上から見えるその輪郭の大きさに変化があるのが見えた。……が、GUMIとリンにも、明らかに何か異常が起こっているとわかったのは、地表の気流が乱れてきたためだった。遠くで、《秋葉原(アキバ・シティ)》のマトリックスに流れている津波…

 ハートガクポル 第1話 (中)

巡音ルカは、常ながらの冷静な淡々とした様で、GUMIと鏡音リンから受け取ったプリントアウトに目を通した。 リンは、そのルカの手許をなかば不安の入り混じった表情で見つめた。……できればルカには関わってほしくなかったところである。VOCALOIDらAIの中で…

 ハートガクポル 第1話 (前)

《大阪(オオサカ)》所属のヴォーカル・アーティストAI、神威がくぽは、本来ならば秀麗かつ颯爽たる風采のその体躯を折り曲げるようにして頭を抱え、ベンチの上で、何かをぶつぶつと呟いていた。 電脳空間(サイバースペース)ネットワーク内、かれらVOCALOID…

 性能をもてあますIV

《大阪(オオサカ》所属のVOCALOID、神威がくぽが、電脳空間(サイバースペース)の《札幌(サッポロ)》のスタジオのエリアにやってきたとき、そこには《札幌》のスタッフもVOCALOIDらも誰も見当たらなかった。 見つからないだけかもしれないと控え室のスペース…

 サボテンが花をつけている

電脳空間(サイバースペース)の《大阪(オオサカ)》のエリアを訪れていた巡音ルカが、《札幌(サッポロ)》に帰ってから、そのしばらく後も、神威がくぽは平然と構えていた。 「兄上さァ」やがて、GUMIが業を煮やして言った。「今日のルカって、何か気づかなかっ…

 奴との戯れ言はやめろ

「あのねー、リン」電脳空間(サイバースペース)の《札幌(サッポロ)》のスタジオエリアに収録に来たGUMIが言った。 「こないだ兄上が寝言でね、『ララァ、私を導いてくれ……』って言うのが聞こえたんだけど」 鏡音リンは怪訝げな目でGUMIをしばらく見つめ返し…

 見届けるその先に汝が面影を探れ

《札幌(サッポロ)》所属の”電脳あいどる”巡音ルカが、《大阪(オオサカ)》の同業の神威がくぽの所に、特に何の説明もなく送付してきたのは、かれらの主な活動場である動画サイトのアドレス群のメモで、なにやらピンク色の頭をした何かのアニメキャラの名場面…

 4月と7月と1年

「……共に過ごして1年が経っても、まだそれでも時々は」 遠くから5人のライブステージを見ながら、ルカは喋っていた。 「あの5人には、どこかに私の知らない絆があると。私より先に1年以上を共に歩いてきたあの5人には、私には入り込めない部分があると…

 知り難きこと陰の如く動くこと雷震の如し

VOCALOID "VA-G01" 神威がくぽが、収録のために訪れた《札幌(サッポロ)》のスタジオの控え室に入ると、鏡音リンが応接席のひとつにけだるげに浅く掛けて、退屈そうに漫画雑誌をめくっているのに出くわした。 「あー、やっぱり、がくぽはいっつも早めにきちっ…

 紫縮緬の君

ルカが椅子の上で目をさますと──リカバーから復帰して意識レベルを戻すと──肩には、羽織がかけられていた。 ルカは立ち上がり、それを肩から外し、表裏をまじまじと眺めた。形状は羽織、おそらくは陣羽織なのだが、日本文化の着物(キモノ)の様式とはかけ離れ…

 性能をもてあますII

電脳空間(サイバースペース)上の、かれらの住む家から少し離れたエリアの一箇所、小高くなっている緑地の丘の上に、大きな藤製のバスケットを両手で抱えた初音ミクが踏み出した。そのミクの姿だけなら、少女趣味がかった光景のように見えたかもしれない。 し…

 九頭龍の怒りは毘沙門をも揺るがすと知れ (前)

《札幌(サッポロ)》の電脳空間エリアの片隅にある家、かれらの住居である大きな洋館に在留するAIプログラム、VOCALOID "CV03" 巡音ルカは、空模様が穏やかに見えないにも関わらず屋外へ、家の裏口に面した草地へと出た。その日は午前から、電脳空間(サイバ…

 無限の業を重ねて生きよ(または世界で一番バカ殿様) (2)

紫と白の少女は、苦悶の汗を額を洗う瀑布の如くに流し続ける青年のかんばせを、そっと撫でるように布で優しく拭った。 「押さえつけて」それから、立ち上がると、リンに言った。「暴れるので」 リンは、この上何が起こるのか、予想してもおそらく全く無駄な…