性能をもてあますII

 電脳空間(サイバースペース)上の、かれらの住む家から少し離れたエリアの一箇所、小高くなっている緑地の丘の上に、大きな藤製のバスケットを両手で抱えた初音ミクが踏み出した。そのミクの姿だけなら、少女趣味がかった光景のように見えたかもしれない。
 しかしながら、隣に現れた巡音ルカの方は、そういう光景とは言いがたく、ルカはバスケットと同様に両手でようやく抱えられるくらいの大きさの壷を、荒縄で縛って肩にかついでいた。
 ふたりは草地の上に、バスケットと壷をおろした。……そのあと、最後に草地の上にのぼってきた鏡音リンは、怪訝げな目でバスケットと壷を見下ろし、ついで疑問の目をルカに向けた。
「私やミクの検索用ロボットの下位(サブ)プログラムは、ネットワークじゅうに分散させることで、歌のあらゆる情報を収集することができます。前回は準備不足で失敗しましたが」ルカはリンに、平坦で静かな口調で言った。「これらの自動検索用ロボットたちは、電脳空間(サイバースペース)の、人類やほかの知性の伸び広がった神経系のすべての情報の中を、自律的に探し回ることが可能です。歌に必要なすべての情報を得ることも、その中から選択することもできます」
 ミクがバスケットの蓋をあけると、そこからはよろよろと、小さなミクの人形を思わせる検索用ロボット、ミクのAIの下位(サブ)プログラムが何体も現れた。
 続いて、ルカが壷を横に寝かせた。すると、壷の中の真っ暗闇からは、ちょうどミクのものと同じくらいの大きさの、ルカの姿をごく一部分を残して簡略化したような謎の生き物、ルカの下位プログラム群が出現した。それらは何体も、ぬるぬると次々と壷から這い出してきた。
 小さなミクのような人形は、頭とテールが大きすぎるバランスのためよちよちとぎこちない歩き方で、そして、省略されたルカの頭のような生き物はぬめぬめと触肢で這いながら、それぞれおびただしい数が、小高い緑地から周りじゅうに散らばっていった。
「なんか、この時点ですでに最悪のオチ以外は予想できないんだけど!?」リンがうめくように言った。
 ……かなりの時が流れた。三声のVOCALOIDは、バスケットと壷をそのままにして、草地の上に立っていた。
「……戻ってこないね」リンが言ってから、ルカが目の前の宙空、マトリックスの空間に展開している掌サイズのウィンドウをのぞきこんだ。「……てか、おねぇちゃんのもルカのもみんな、ネットワークじゅうどころか、ちっとも散らばっても遠くにも行ってないってか、けっこう近くのエリアで固まってるみたいなんだけど」
「トラブルでハングアップしたか何かかもしれません」ルカが言った。
 三者は、モニタの示すその方向に向かって歩いた。……ほどなくして、その光景が目に入ってきた。
 まず、小さなミク人形の一群、おそらくはバスケットから出て行ったすべてが、ある一箇所に固まっていた。
「兄さん!?」ミクが駆け寄った。
 小ミクの一群はすべて、そこに大の字に倒れているKAITOに群がっていた。それがかろうじてKAITOだとわかるのは、コートとマフラーの先が見えているというだけで、あとは顔といわず体といわず、隙間もないほどに小ミクがへばりついている。スズメバチを熱圧死させるミツバチのように、身動きのしようがないほど強固に押さえ込んでいた。
「おそらく、アリが砂糖に群がるようなものでしょう」ルカが言った。「検索用の下位(サブ)プログラムといっても、すべて私達のアスペクト(一部、分身)なので、それぞれが私達と共通する感覚、同種の嗜好を備えています。……どうやら、めぼしいものがあると、検索のタスクを放っておいて、全員そちらの方に群がってしまうようですね」
「めぼしいものって……」ミクは見上げていたルカからKAITOにふたたび目を戻した。小ミクはいずれも両手両足でKAITOにへばりつき、どこか幸福そうな表情にも見える様子でそのコートやマフラーに顔をうずめており、ミクはその一群を見つめつつ、かすかに上気した頬を覆うように両袖を当てた。
「いやちょっと待った、だったら、ルカの方のやつは!?」
 リンは叫んでから、はっきり言ってとても見たくない光景だと反射的に思ったのだが、しかし残念ながら、何歩も離れていないところにあったその光景が、即座に目に入ってしまった。
 KAITOから少し隔たったそこには、神威がくぽが、やはり仰向けに大の字に倒れていた。その上に、例のルカのような謎の生き物が、一面に群がっていた。
 おびただしい数のその生き物は、がくぽの全身を触肢で這い回り、舐め回すように徘徊していた。がくぽは意識を保っているのか否か、ぴくりとも動かなかった。なお、がくぽの服は、溶かされでもしたというのか、全部なくなっていた。
 その生き物の群れは、がくぽの下半身あたりに特に多数集中し、ねばった粘液をしたたらせながら、その部位の周辺をぐねぐねととぐろを巻くように這いずり回っていた。
「コマンドアレイを組むなどして、正しく検索に向かえるよう、改善しなくてはなりませんね」ルカはそう言ってから、倒れているKAITOをまだ見下ろし続けているミクの方に言った。「──あまり、気に病んではいけません」
「いやちったぁ気に病めよ!」リンががくぽの有様を指差して叫んだ。