性能をもてあますIV

 《大阪(オオサカ》所属のVOCALOID神威がくぽが、電脳空間(サイバースペース)の《札幌(サッポロ)》のスタジオのエリアにやってきたとき、そこには《札幌》のスタッフもVOCALOIDらも誰も見当たらなかった。
 見つからないだけかもしれないと控え室のスペースに入ったとき、その片隅に、大きな土製の壷が置いてあるのに気づいた。
 がくぽは壷をまじまじと見つめた。どこかで見覚えがある壷のような気がしたためだが、よく思い出せなかった。そのまましばらく見つめていたが、特に異状は見あたらない。がくぽは再び目を離した。
 キュピー──────ン。がくぽが背を向けたとき、壷の中で何かの眼光が光った。
 しばらくして、何も見つけられなかったがくぽは、そのまま控え室から出ようとしたが、そのとき、動かそうとした足に、何かの抵抗があることに気づいた。……がくぽは足元を見下ろして、そのまま硬直した。
 巡音ルカのごく一部を簡略化したような姿にも見える、触肢を備えた何かの生き物が、がくぽの足元に無数に絡み付いていた。それはさきの壷の口から、いまも次々と這い出しているもので、既におびただしい数が壷からがくぽに群がっていた。
 がくぽの側が何か拒否の動きを起こす間すらなく、それらは瞬時にがくぽの体の上を這い登り、もがく手をさらに押さえつけるように覆い尽くした。その生き物の大群は、取り込んだがくぽごと、なめらかな素早さで吸い込まれるように、一斉に壷の中へと戻った。
 あとは、何事もなかったかのように控え室を静寂が支配した。



「ルカ、あのさ」
 同じその控え室でのしばらく後、巡音ルカと向かい合った鏡音リンが話していた。
「さっきGUMIから連絡があって、がくぽが今日、《札幌》に行ったきりなかなか帰って来ないとかいうんだけど」
 ルカはその質問に無表情ながらも、しばらく間を置いてから、
「がくぽならまだ《札幌》にいます。さきほど、私がここに設置した防犯システムにひっかかっていることが判明しました」
「防犯システムって、ひょっとして、あれ!?」リンが部屋の隅の壷を指差した。
「ええ」
「それって、あくまで予想だけど、無数のたこルカがからみついて壷に引っ張り込むとかいうギミック!?」リンはうめくように言った。「いい男ホイホイ!?」
「いえ、侵入者、つまり《札幌》所属以外の者、”部外者”を捕らえるようになっているだけです」ルカは答えて言った。「実験的に、私の壷の他、ミクのバスケットも使って、同様のものを設置しています。仕組みはほぼ同じです。──がくぽは《大阪》所属にも関わらず、不用意にこの辺りを歩いたせいで、引き込まれてしまったのでしょう」
 しばらくの沈黙の後、
「あのさ、ルカ」リンが低く言った。「がくぽがたまたまそれの近くを通りかかった……のはともかく、引っ張り込まれたのがよりによって『がくぽ』なのって……本当に偶然なの?」
「部外者であるにも関わらず不用意に歩き回ったがくぽの自己責任という部分は少なからずあると思われますが、どちらかというと”不幸な事故”だと思われます」ルカが無表情で言った。「無論、侵入者を検知する感度が良すぎないようにしていますが、なにぶん未完成なので、”部外者のすべて”を引き込むのは避けられなかったようです」
 と、そのとき、控え室の扉が開いて、走りこむように初音ミクが現れた。
「ルカ! ……あのバスケットに……」
 ミクは、リンもそこに居るのを見つけて、わずかにためらってから言った。
「あの……ルカが作ってくれたあの防犯装置、わたしのバスケットの中に、その……」ミクはさらにためらい、「……兄さんが、引っ張り込まれちゃったの」
 リンはうんざりした目でそちらを見つめてから、やがて、そのミクに尋ねた。
「……んで、そのKAITO兄さんってやっぱりさ、小ミクがぎゅうづめになったバスケットの中に引っ張りこまれて、今、小ミク軍団に体中へばりつかれてるとかなわけ?」
「リン……」ミクはほんのりと顔を赤らめて、頬に手を当てた。「何も、そんなふうな言い方しなくたって……」
「要は、そうなわけね」リンはうんざりした目でミクに言った。
 それから、ゆっくりとルカの方に向き直り、
「──なんか、《札幌》所属のVOCALOIDも……明らかに”部外者以外”も引っ張り込まれてるみたいだけど?」
「それは予想外の事態です」ルカは平坦に言った。「未完成なので、おそらく識別能力にまだ問題が残っているようです」
「いや、あのさ、むしろその”識別能力”とやらのことなんだけど──たこルカも小ミクも、それぞれ厳選した特定の者をゲットして引き込むように、精密に識別してるとしか思えないんだけど」
 リンは言ってから、こめかみに指を当て、
「いや、それより……早いとこ、がくぽとKAITO兄さんをその状態から助け出しなって」