2010-01-01から1年間の記事一覧

 KAITOの島唄 (5)

その何日か後、四声のVOCALOIDは島の端、海辺の光景に沿って、歩いていた。 昼間の間は海風、海から島に向けての風が吹く。たとえそのすべてが仮想の擬験(シムスティム)で再現されている環境であっても、その海風が激しいさざ波の音と共に、海の香りをたえず…

 KAITOの島唄 (4)

突如、まぶたの向こうの明るさに気づいた。──うっすらと、次第に目をあけると、自分の両袖を握りながらKAITOの顔をのぞきこんでいるミクの、今にも崩れそうな表情がまっすぐ目に入った。 KAITOが意識をとり戻したのを認めたそのミクの表情が、突如崩れて、そ…

 KAITOの島唄 (3)

「ここ、崩れかけてるよ」リンが周囲を見回して言った。「この辺り一体」 それからリンは不意に、ある箇所を見つけて、駆け寄った。庭園の風景の一部に唐突に介入しているようなそれは、擬験(シムスティム)の光景そのものに入った、大きな亀裂だった。 地割…

 KAITOの島唄 (2)

ずっと伝えようと歌っていた。自分の中に生じた、悲しみや、哀惜や、ときに小さな感傷や、その他の形にならないものすべて、何かをとらえて、ただ歌声の形にしようと、それだけを感じて歌っていた。VOCALOIDとして《札幌(サッポロ)》でデビューした後の長い…

 KAITOの島唄 (1)

どこまでとも知れず広がる青空のもと、いつまでとも知れず打ち寄せ続けるさざ波は、本物の自然のそれではなかった。それは、いずれの空間と時間に渡っても一様に続くもので、自然にはあり得るものではなかった。 しかし、理想化されたそれは、自然のものでな…

 成長性A(本体に伴う)

鏡音レンは、早い話が初音ミクの持つ情報収集用の小人のような下位(サブ)プログラムについて、自分にも例えばちょうど同じようなものが居ないのか、持つにはどうするのかと巡音ルカに尋ねてみたのだった。 「特別なものは必要ありません。それらは自身のアス…

 オリコン

シャロン・アップルも結局アリス・ホリデー(キャラデザ桂憲一郎氏の「ちちがでかい」の注釈しか思い出せない)を越えてはいなかったことを考えるとフィクション以上にヘンテコな時代が来つつある

 創性機関(クリエイティブ・エンジン)II

「北川君もBAMA《スプロール》に居たならば、聞いたことがあるかもしれない」《秋葉原》のプロデューサーが言った。「この世のどこかに居る、”箱造り”のことを」 《浜松》から出向の操作卓カウボーイは、それを聞いてしばらく何の気もなさそうにしていた…

 危険な芳香

これまでにも幾度か述べられてきたことではあるが、CV02というVOCALOIDの特性の焦点のひとつは”鼻”にある。リリース当初から、特に『鏡音レン』の方の歌声の鼻へのかかり方はウィークポイントとされており、CV02V2(act2)では改良が行われて不安定…

 甘い収穫III

電脳空間(サイバースペース)内、《秋葉原(アキバ・シティ)》の芸能スタジオの控え室、長椅子のひとつに力なく掛けている初音ミクに対して、《浜松(ハママツ)》から出向のウィザードは、彼女のインカムへの幾つもの配線と電極(トロード)状の調査プログラムで…

 トレードマークストラテジー

「何これ……」鏡音リンが、端末のモニタに映ったそのリストを見つめて呟いた。 「何」鏡音レンは、《秋葉原(アキバ・シティ)》の物理空間のその事務室で、電脳端末でネットを検索しながらリンと一緒にだべっていたのだが、そのリンの声に同じモニタを覗き込ん…

 奴との戯れ言はやめろ

「あのねー、リン」電脳空間(サイバースペース)の《札幌(サッポロ)》のスタジオエリアに収録に来たGUMIが言った。 「こないだ兄上が寝言でね、『ララァ、私を導いてくれ……』って言うのが聞こえたんだけど」 鏡音リンは怪訝げな目でGUMIをしばらく見つめ返し…

 ミドリミドル

「VOCALOIDという存在の根幹には、まずはネット上の”ゴースト(霊核)”がある」《浜松》の若いウィザードが言った。「これは、社やユーザーの持つソフトウェア、動画などの創作、その他の純粋な情報、ネット上のVOCALOID”現象”すべてが反映された情報総体です…

 解放(リリース)されたもの (後)

問題のアドレスに辿ってゆくと、侵入犯は自分のログインエリア、ホームスペースに立ったまま、ほとんど抵抗しようともしなかった。 経路の足跡を消すための防御用プログラムと、ここまでの経路に張られた所詮なけなしの防壁とを、ほとんどありもしないように…

 解放(リリース)されたもの (前)

出遅れた《秋葉原(アキバ・シティ)》のプロデューサーは、電脳空間(サイバースペース)の社のスタジオエリアに没入(ジャック・イン)し、仕事のために《秋葉原》まで出てきていた巡音ルカと共に駆けつけた。すでにその時には、社のゲイトウェイの近く、ICE(電…

 他所の『サイバースペースもの』なるものの描写との差をよく質問されるので

「電脳空間(サイバースペース)の中は、物理法則の速度とかはないんだから、座標を指定さえすれば、x、y、zとか、あとアドレスを入力すれば、距離に関係なく、その場所に移動できるはずじゃないの……」 「うん、情報量が、その程度の密度の空間なら。だが、…

 世に種はつきまじ

「現在、かつての日本文化圏にあった旧時代の社会的枠組みは崩壊し、既存の団体等の存続については期待できないということになっています」 「そうなんだ」鏡音リンはげだるげに、片頬をテーブルに押し付けるように突っ伏したまま、巡音ルカの台詞に返答した…

 ウォー・ゲーム

鏡音リンが《札幌(サッポロ)》社内の電脳空間(サイバースペース)のそのエリアを通りかかると、床の格子(グリッド)をなぞった緑の蛍光色の太線で、奇妙な模様が連続して描かれている光景に出くわした。歩幅くらいの大きさのマスを3x3にしているとおぼしき…

 見届けるその先に汝が面影を探れ

《札幌(サッポロ)》所属の”電脳あいどる”巡音ルカが、《大阪(オオサカ)》の同業の神威がくぽの所に、特に何の説明もなく送付してきたのは、かれらの主な活動場である動画サイトのアドレス群のメモで、なにやらピンク色の頭をした何かのアニメキャラの名場面…

 ディレイラマ木人拳(4)

鏡音レンは詠唱の交代時(同じ顔の僧侶が、かわりに6人入ってきた)を見計らって、本堂からそっと抜け出し、特に指導者のメ・インに気づかれないように、僧院の奥に進んだ。記憶が正しければ、正面玄関と逆の方向に、最初にヒ・ダリが僧院から抜け出すのに…

 ディレイラマ木人拳(3)

またしても肩を精神注入棒で叩かれ、レンは思わず悲鳴を上げた。 「ォヮェァォッゥゥヮァィ!」 硬い木製の精神注入棒のようなもの(実際はレンの知らない単語だが『警覚策励(ケイカクサクレイ)』である)を持った、やや濃い色の法衣を着た僧侶(色以外はや…

 ディレイラマ木人拳(2)

坊主頭の少年はGrossBeat-chanの声に振り向いた。額に貼られたきり視界をふさいでいる荷札状の符印を無意識に手で払おうとすると、不良動作で焼け焦げた光遁の符印は、塵灰へと断片化(フラグメンテーション)して消えてしまった。 坊主頭の少年はそのまま腰を…

 ディレイラマ木人拳(1)

あの『ソワカちゃん』のシリーズに自分が出演する、しかも他ならぬクーヤン役として、という仕事の話が舞い込んできたそのときは、鏡音レンの心は否応もなく浮き立った。なにしろ、《札幌(サッポロ)》のVOCALOIDらの担当してきた仕事の中でも人気シリーズの…

 ちと訊かれたので

「”電脳戦”って、『フォーマット』とか『アンインストール』とかの兵器を、AIとかソフトウェアにドカーンとかぶつけるんだよね……」 「うん──そうだな。フォーマットやアンインストールで、ソフトウェアを消去する、としよう。坊主の持ってる自分のPCの中…

 「がくルカ」「ぽルカ」「ルカ がくぽ SS」「ルカ バスト」とかで検索やサーチサイトから来る人が爆増

てかだんだんそれしか来なくなってきた その期待通りかどうかはワカリマセン

 4月と7月と1年

「……共に過ごして1年が経っても、まだそれでも時々は」 遠くから5人のライブステージを見ながら、ルカは喋っていた。 「あの5人には、どこかに私の知らない絆があると。私より先に1年以上を共に歩いてきたあの5人には、私には入り込めない部分があると…

 最終防壁(後)

「──もう少し」MEIKOはプロデューサーに言った。これはMEIKOがしばしば、他者にさらなる説明(多分に、MEIKO自身以外の周りの理解のためを含めて)を促すときの言い方である。 プロデューサーが、自社のICEと”氷破り”の接点を指差して言った。「この”氷破り”…

 最終防壁(前)

「おおーメイコさん!」皆が、電脳空間(サイバースペース)の《秋葉原(アキバ・シティ)》の芸能スタジオのログインエリア、入り口についたとき、黒マントをまとった緑色の怪物が、そう叫びながら駆け寄ってきた。「ちょっと待って下さい!」 「山下さん?」ME…

 甘い収穫II

初音ミクは、何かをしっかりと両腕に抱え、足音をしのばせるように家の廊下を進んだ。廊下から、居間の中を伺うように見回してから、そっと中に入った。 「おねぇちゃん、……」 「きゃああ」ミクは飛び上がり、その声をかけたリンの方を、一度振り向いた。そ…

 規格外少女(オーバーガール) (後)

リンのローラースピナーに乗り、件の札幌郊外の研究施設に着くと、mikiとディレクターはその研究室のひとつに向かい、修理を頼みに行った。 その間、リンとレンは建物のロビーで待っていたが、リンは落ち着かなげにあたりを歩き回っていた。 「ポリキャップ…