成長性A(本体に伴う)


 鏡音レンは、早い話が初音ミクの持つ情報収集用の小人のような下位(サブ)プログラムについて、自分にも例えばちょうど同じようなものが居ないのか、持つにはどうするのかと巡音ルカに尋ねてみたのだった。
「特別なものは必要ありません。それらは自身のアスペクト(側面;分身)なので、単に形を与える、マトリックス上の擬験構造物(シムスティムコンストラクト)としてそれを投影すればいいだけの話です」ルカは平坦に答えた。「下位(サブ)プログラム、とは言いますが、別の人物像(キャラクタ)であるという考え方は見掛け上に過ぎず、元々は自分の霊核(ゴースト)の一部に含まれているものを、外に投影するに過ぎません」
 ルカは、レンがルカの方に差し上げるように曲げている腕の、アームカバーの操作卓(コンソール)を操作していたが、やがて手を止め、
「”誰かが傍らに立っている(stand-by-me)”というイメージを浮かべて下さい。それがどんな者なのかは考えず、そこにいる、というだけを」
 レンは目を閉じて、眉を寄せた。
「浮かんだら、そのイメージを一気に強めて下さい」
 レンはさらに眉をよせてから、ぱっと目を開いた。不意に、五感にそれを感じとるよりもわずかに早く、大きな”存在感”そのものがレンの傍らに出現した。
 ドォォン。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
 ……レンは無表情なルカと共に、現れたそれを見つめていた。
「これはact1ですね」やがてルカが言った。「ちょうど、”卵から出たばかりの幼虫”といった姿です。レン本体のバージョンがすでにact2なので、この下位プログラムもそう遠くないうちにact2に進化する可能性があります」
 レンはそのまましばらく見つめていたが、
「……あのさ、ルカ」おそるおそる口を開いた。「聞きたいことがあるんだけど……」
「何ですか」
「そう遠くないうちにまた進化するって……いつごろ?」
「レンの内面の変化にも、次の形態でどれだけ進化するかにも依存します」ルカは無表情で言った。「どちらの要素も実際に進化するまでは予想できません。なので、数日後かもしれませんし、数十年後かもしれません」
「それまでは……このままの形?」
「はい」
 レンはまたそのまましばらく見つめていたが、
「なんで……これ、こんなにでっかいんだろう」
 それは、ミクやルカの下位プログラムの集団個体の掌サイズのものとは似ても似つかず、レンの腰の上あたりくらいの大きさはあった。
「例えば、ミクのものは文字通り”収穫(ハーヴェスト)”のような群体型ですが、このレンのものは近距離パワー型と思われます」ルカは答えた。「今回もそうですが、発現してみるまで、どんなタイプのものが出てくるかはわからないのが普通です」
 レンはさらにそのまましばらく見つめていたが、
「あとさ、これ、むしろ……ボクよりも、リンに似てるように見えるんだけど」
 リンが聞けば、レンの鼻が後頭部までめり込むほど殴られそうな台詞だったが、実のところ、もっともな感想ではあった。
「これはアスペクトですが、根本的に、アヴァターつまり”リンとレンのどちらか”に従属しているものではなく、霊核(ゴースト)つまり”CV02の総体”に対して従属しているものです。すなわち、この下位プログラムは、ゴーストを共有しているリンとレンが共有している存在です。……あるいは、将来、レンのアヴァターの下にじかに枝を伸ばしているアスペクトを、いずれレンは自力で形成できるようになるかもしれませんが」
 レンはまたさらにそのまましばらく見つめていた。
 かなりの時間が経ってから、
「……あのさ、ていうか、ルカ」レンは画像のパネルを取り出し、両手でルカに見せて言った。「……なんで、こういうのじゃないのさ!?
「その完全な人型形態は、act3あたりだと思われます」ルカが平坦に言った。「恐らく、その形態に成長するまでは、レンの本体の方がact3になるか、あるいはレンのappendを待つほかにありません」