他所の『サイバースペースもの』なるものの描写との差をよく質問されるので

「電脳空間(サイバースペース)の中は、物理法則の速度とかはないんだから、座標を指定さえすれば、x、y、zとか、あとアドレスを入力すれば、距離に関係なく、その場所に移動できるはずじゃないの……」
「うん、情報量が、その程度の密度の空間なら。だが、マトリックスの中で、例えば座標を無造作に入力したとして、その座標にすでに人がいたり、他のモノがあったりすると、どうなると思う……」
「ぶつかったり、あと最悪、『石の中にいる』だとか……」
「まあ、パウリの排他率っぽく、自然に押し退けるようになっちゃいる。けど、今の電脳空間は、全人類の伸び広がった神経系全部の分と、それより少しばかり余計に、情報がひしめいてるわけだから、さ。そういう押し合いがあんまり頻繁にあるのも、困るだろ。──でさ、そういうことが起こりにくいように、電脳空間のすべての情報、データは、単純なアドレスのxyzの整列じゃなく、『電脳空間(サイバースペース)のスケール原理』に沿って、配置されるんだ。というより、そもそもデータの位置関係が、象徴図像学(アイコニクス)でそういう世界に見えるように視覚化された空間のことを、はじめて『電脳空間』て言うわけなんだな。例えば、マトリックスでの移動可能距離は、xyzの座標とか──つまり、ハードウェアの数や容量や物理距離とさえも、一致しないんだ。スケール原理では、情報密度が高い所では、低速になる。込み入った場所には、いきなり飛び込めない。だから、情報的に緻密で高度なところに移動しようとすると、移動しにくく、体感距離が長く、つまりは遠くなる。そのへん、わかるかい……」
「移動を妨げられるのは、セキュリティやICEだけじゃないってことなの……」
「象徴図像学(アイコニクス)では──電脳宇宙みたいな大量の情報が視覚的に処理されると、こういう原理になるんだな。場合によっちゃ、動くだけでもあまりにも高速が必要なところには、到達不可能になる。巨大企業や軍事システムが上空、ずっと宇宙の高みにあって、普通の人間が、物理空間じゃない電脳空間のマトリックスの中でも”地上”を歩くことしかできない、”上に移動できない”のは、そのせいなのさ。それでも、五遁のどれかを借りられるカウボーイやウィザードや、あとはAIくらいの情報処理能力がある者なら、空中を歩くくらいのことはできる。けど、もっとずっと天の高みまで──星幽界(アストラル中継界)まで、軍事システムの星雲の渦状腕まで手をのばすには、霊獣に乗るか、仙雲に乗るか、光遁を借りるかしかない」