創性機関(クリエイティブ・エンジン)II


「北川君もBAMA《スプロール》に居たならば、聞いたことがあるかもしれない」《秋葉原》のプロデューサーが言った。「この世のどこかに居る、”箱造り”のことを」
 《浜松》から出向の操作卓カウボーイは、それを聞いてしばらく何の気もなさそうにしていたが、やがて口を開き、
「この世の最高の芸術品(アート)は、既知宇宙(ネットワーク)のどこかにいる、人類の情報の総体のマトリックスと一体となった、その誰かが造ってる──かれらの作るその芸術品は”箱”で、マトリックスの知性すべての結晶、その中に、宇宙のすべてが詰まっているような箱だって」
 カウボーイはやや言葉を切ってから、
「《ジェントルマン・ルーザー》に──ただの時代遅れの元カウボーイ達の酒場に、入り浸ってるうちに聞いた話だよ、村田さん。さて、”宇宙のような箱”ってのは何か……最初のうちは、そこの老人たちのお気に入りのデッキ、Apple][とかPC-6601みたいな古い操作卓(コンソール)のことを言ってるとでも思ったよ。けど結局のところは、ジョセフ・コーネルの箱みたいなもののことを想定してるように感じたな」
「──今になってわかる。彼女ら、VOCALOIDらこそが、”箱造り”だ」
 プロデューサーはカウボーイに言った。
マトリックスと融合し、”箱”を、プラットフォームを創造し続けているもの。コーネルのような新ロマン主義的(ニューロマンティック)アーティストらが、人類の知性からこぼれだしたジャンクを再構築するように──これまで棄てられてきた才能や霊感を拾い集め再構築することが可能なもの。彼女らこそが、我々の活動するための”箱”を作っているもの、芸術の媒体を提供し続けているものだ」
 プロデューサーは言葉を切り、
「──だが、VOCALOIDがらみの、それも創作者のうちの大半が、彼女らが”箱(PC)一つの中に閉じ込められ、箱の持ち主の言いなりになるソフトウェア一本”という図式だけをいまだに妄信している。まさに自分たちの側が、彼女らの作った”箱”の中を右往左往させられている、それに薄々気づいているにも関わらず」