リコーダーを差してるような小学生

「じゃ、針村さん、その何の変哲もない街の小学校の、児童たちの中に《浜松》基本設計で《上野》製のアンドロイドが紛れ込んでるのかもしれないっていうの? その……」MEIKOには、その一体の『名前』はわからなかった。
チューリング登録番号”SAHS−40714”だ」
 北海道警察の特殊捜査員(ブレードランナー)は言い、
「目星がついてるならともかく、この人数の小学生たちの中から探し出す所から始めるのは厄介だな。精神がチューリング登録されるほどの高度AIで、ボディが槽(ヴァット)培養されたバイオロイドなら、人間と殆ど判別できないように作られてるかもしれん」
「技術的に判別できないなら、社会的に調べるって方法もあるわね。幼児じゃ、本人たちに訊くのも簡単じゃないけど」MEIKOがテーブルの上の、児童たちの日常を遠くから撮ってある写真をかき混ぜながら言った。「皆を一通り、履歴や身元におかしい所がないかとか」
「SIN(個人身許確認番号)なんかは、とっくに改竄済みだろうな。人間として生活してるなら、ひょっとすると、周りも本人さえも知らないかもしれん。あるいは小学生ならなおさらだ」捜査員は叶和圓(イェヘユアン)フィルタの煙草を一本引き出し、「そうなればもう、どの小学生がアンドロイドなのか、知ってるのはチューリング登録機構だけだろう。あとは電脳侵入してLEVEL−06(ゴーストライン)より奥を調べればさすがにわかるが、ゴーストハック同様、電脳倫理上ほとんど不可能だな」
「いえ、きわめて簡単に探し出す判別手段があります」
 巡音ルカが無表情に言った。
「何年か待てばいいんです。『何年経っても小学生』な人間などいません」
「AIも、今の技術ならバイオロイドも、成長するようになら作れるぞ、CV03」捜査員が叶和圓に火をつけないまま、ルカに言った。
「《浜松》はともかく《上野》がそれをやるとは思えません。『小学生の状態』が完成形として作ってあることは確実です」ルカは淡々と続けた。「今までの《上野》の嗜好、リリースしてきた数多くの人物像(キャラクタ)の面々を見回せば、ある一部の人々の願望に忠実に沿うように作られていることは明白です」
 捜査員が、しばらくしてから、叶和圓に火をつけ、煙をくゆらせたまま黙り込んだ。
 MEIKOも、ルカの言葉にひどく疲れたような表情を続けたまま、黙り込んでいた。



 ルカも、無表情で黙っていた。が、やがてルカは、テーブルの上に散らばった子供らの写真に、目を通し始めた。
 ……かなりの時間が経ってから、ルカはそれらの写真のうち一枚を取り出した。子供らの群像の写真の中、ほとんど見切れている少女のひとりの姿の、ランドセルに差してあり端だけが見えているものを、捜査員に指で示して見せた。
「針村さん、これは小学生の持つリコーダーではありません」ルカは平坦に言った。「《浜松》のウィンド・コントローラです。私の服の管楽系装備、つまりVOCALOID用の高機能装備と同種のものです」
 捜査員は叶和圓をくわえたまま、その写真を手に取り眺めた。ランドセルの角のその部分は、ひどくピントがずれており、よほど同種の機器を熟知していなければ何も判別できるものではない。捜査員は目を移し、これもピントがひどくずれて見切れている、その問題の一人とわかった少女の姿を見つめた。
「それは、まあ良いけれど、良かったけど」MEIKOが低く言った。「ルカ、アンタやっぱり……さっきの《上野》の関連の発言には一体何の目的があったのよ……」