KAITO

 KAITOの島唄 (3)

「ここ、崩れかけてるよ」リンが周囲を見回して言った。「この辺り一体」 それからリンは不意に、ある箇所を見つけて、駆け寄った。庭園の風景の一部に唐突に介入しているようなそれは、擬験(シムスティム)の光景そのものに入った、大きな亀裂だった。 地割…

 KAITOの島唄 (2)

ずっと伝えようと歌っていた。自分の中に生じた、悲しみや、哀惜や、ときに小さな感傷や、その他の形にならないものすべて、何かをとらえて、ただ歌声の形にしようと、それだけを感じて歌っていた。VOCALOIDとして《札幌(サッポロ)》でデビューした後の長い…

 KAITOの島唄 (1)

どこまでとも知れず広がる青空のもと、いつまでとも知れず打ち寄せ続けるさざ波は、本物の自然のそれではなかった。それは、いずれの空間と時間に渡っても一様に続くもので、自然にはあり得るものではなかった。 しかし、理想化されたそれは、自然のものでな…

 キミノウワサ

《浜松(ハママツ)》の巨大なデータベースのエリア、輝くオブジェクトが同型ごとに整然と並ぶ格子(グリッド)の合間を、初音ミクは滑るように翔び移動した。両掌の間に胸に抱えるように持つ小さなメモリキューブが、移動につれ変容する周囲のマトリックス光に…

 ICEを垂らせ

十数年前にサイバーパンクのルールがリアルすぎてハッカーの幇助となるだかで某連邦捜査局が動いただか何だかいわれるGURPSというTRPGルールがあるんですが、その件とは一切なんにも関係ない話として、そのGURPSのキャラクターのルール的特徴…

 8秒で止まる呪いの動画

《秋葉原(アキバ・シティ)》詰めのプロデューサーのうちひとりが営業所に入ると、現場は混乱しきっており、誰も満足に状況を説明できなかった。 「いい、概要は専務から聞いている。私がじかに見て把握する!」プロデューサーは肩にかけていたハードケースか…

 風にふかれて

MEIKOは額に巻いた電極(トロード)バンド、KAITOはインカムの没入(ジャック・イン)端子からそれぞれ伸びたコードを、同じ操作卓(コンソール)に接続した。そのまま横に並んで立つと、少しの間を空けてから、──唐突に、どちらが拍子をとってもいないのに、いち…

 地ミクdeメガネ

鏡音レンの目の前のその女性は、ふらふらと覚束ない足取りで、目の焦点も合わずに、家の玄関の傍を通ってゆくところだった。厚手のパーカーにロングスカートの恐ろしく野暮ったい服装といい、無造作に伸ばしたまま櫛も入れていないような髪といい、通りすが…

 ラーメン屋と乱れ髪

《札幌(サッポロ)》の現地人は普段ならば、ススキノのラーメン横丁の味噌ラーメンをめぐるのではなく、もっと街の片隅にあるような小さな店の醤油ラーメンの、拾い物の味を少しずつ探すようにつとめる。それは、物理空間そっくりにネットワーク上に構築され…

 キミと出逢ってから(4)

KAITOは自室で、VOCALOIDらの仕事用のデータベースに電脳空間ネットワークを通じてアップロードされてくる、依頼されてくる歌のデータに目を通した。 ……その一曲には、楽曲のデータのほかに、とても隅々まで念入りに手を加えられ、調整された調律指示データ…

 キミと出逢ってから(3)

ほんのわずかな月日のうちに、AI成長の内面が反映される電脳内イメージは、ある時点から突如、急速に花開くように美しさを増し、"小さなミク"だったものは、限りなく可憐で純粋な歌声と姿をもつ、何者かに変貌していった。 やがてリリースされたVOCALOID "…

 キミと出逢ってから(2)

しばらくの月日が流れた後、KAITOは自分の『次のVOCALOID』について、MEIKOに聞かされた。仮称は『初音ミク』、女性シンガー、自分達の"妹"にあたるという。 「チューリング登録機構には、”CV01”のAI識別コードで登録されてるわ」 「”CRV3”じゃな…

 キミと出逢ってから(1)

ただ立ち尽くして、少しうしろのMEIKOと、そして自分を見上げているのは、服の肘から先の部分がほとんど余っているほど、ぶかぶかの服の、ひどく小さな少女。AIが構築されて間もない、育成途上の精神構造を反映された、とても幼い電脳内イメージを持つ少女…

 パワーシンガーは急に止まれない(3)

「リンの出生の秘密」MEIKOは一旦重々しく口を開いてから、改めて弟妹らを見回して言った。「……みんな、『双星が育てば天がふたつに割れる』という諺は知ってるわね」 誰も知らなかった。 「あれはまだ、リンのAIを覚醒させる前、基本構造の構築中の頃だっ…

 KAITOのタイニーゼビウス(4)

「アイツが、KAITOが、前に言ってたわ。……人間は、理由のよくわからない心の動き、形のない悲しささえも、つかまえて、とどめる方法を見つけた。そして、その方法を生み出したことこそが、アイツが永遠に追い続けるもの──人間が持つ、信じられないような”優…

 KAITOのタイニーゼビウス(3)

KAITOはその日以来、それきり、そのベンチのある電脳区画に立ち寄ることもなく、老人のことを話そうともしなかった。 しかし初音ミクは、あの武田老人自身の身元や過去について、馴れない情報収集のぎこちなさで、何らかの他の手がかりを探そうとした。あの…

 KAITOのタイニーゼビウス(2)

その後も、来る日も来る日も、KAITOは公園のエリアのベンチの老人のもとを訪れ、その昔話を聞き続けた。話はさらにどんどん断片的になり、繰り返しが多く、あまりにも混乱し、雑然としていった。老人はまるで時間感覚すら失ったように、KAITO自身のことを、…

 KAITOのタイニーゼビウス(1)

「あんたたち、『しゃべるマイコン』だね」電脳空間(サイバースペース)上に構成されたベンチに腰掛けた老人は、そのベンチの傍のエリアを通りかかった二体のVOCALOIDにそう言った。「知っておるよ。わしも昔、そういう小さな箱を持っていたんだ」 初音ミクは…

 七つの子のうた

北海道警察を訪れた初音ミクの問いに対し、その道警のブレードランナー(凶悪アンドロイド摘発専門の雇われ捜査員)は、実に億劫げに、ぞんざいに応対した。 「……前も言ったろ。あんたの今言ったフォークト・カンプフ検査では、CV01、あんたらみたいな新…

 パワーシンガーは急に止まれない(2)

「ね、姉さん、兄さん!」リンは居間に飛び込んだ。 ……KAITOは、リンから手渡されたホサカの音声ユニットから、ミクのその曲を聴いてから、 「いい歌だよね。歌詞からの連想と、ミクの声の可憐なイメージの、バランスの絶妙さに人気があるんだろうね」 KAITO…

 まずはベタベタでいこう(2)

すっかり日が落ちて暗くなり、裏口から戻ってきたミクに、廊下でMEIKOが声をかけた。 「どしたの、こんな遅くまで」 「ううん……別に……」ミクは呟くように、「フラフラしてただけ」 「やれやれ──しばらくリンと二人になっても、こんなんでやってけるのかしら…

 まずはベタベタでいこう(1)

「兄サンッ!」 KAITOの胸に長い金髪の少女がとびついた。高頭身のモデルのように見事な肢体──背丈もほとんどKAITOと遜色ない──の躍動のさまは、ただそれだけで目を奪うほどだった。 KAITOは玄関の前のその場で、抱きつかれたきり立ち尽くした。まるで身に覚…