パワーシンガーは急に止まれない(2)

「ね、姉さん、兄さん!」リンは居間に飛び込んだ。
 ……KAITOは、リンから手渡されたホサカの音声ユニットから、ミクのその曲を聴いてから、
「いい歌だよね。歌詞からの連想と、ミクの声の可憐なイメージの、バランスの絶妙さに人気があるんだろうね」
 KAITOとミクの二人共の周囲からずれた面が、ときどきパズルのように互いに噛み合うことがあるのは、しばしばリンにもついていけないことがあるので、リンは話し相手をソファに半ば寝転がっているMEIKOに移した。
「んーでもこれなら、ミクがやらされてることのうちじゃ、まるっきり序の口の方だけど」MEIKOは同じ曲を聴いて言った。「もっと露骨でストレートなのもあるしょ」
「序の口て、もっと露骨でストレートて」リンは思わず繰り返した。「あの、それ、どういう意味で」
もちろん、性的な意味でMEIKOは容赦なく付け加えた。
 それらを、歌詞の意味がわからないミクは平気で歌うのだが、同じ仕事がリンに来るかもしれないのだから不安がつきない。というよりも、次第にリンにも疑問点がまとまってきたが、VOCALOIDの設計上、年上かつ先輩のミクにそれらの話題がわからなくて、年下で後輩のリンはわかるように造られているのは、一体どういうことなのだ。
「そりゃ、ミクがうちの第二世代初で、できるだけまっさらの状態で、試験もかねて運用する目的があったからよ。だから、あえて無垢とでもいうか、反応もまっさらに近い状態の設計だったわけ」MEIKOが言った。「でもリンはすでにある程度、歌のパワーの方向性が決まってるしょ。特に、加えられた要素や刺激にビリビリと電気的に反応するように設計されてるから。もちろん、性的な意味で
 リンは頭がくらくらした。
「だいたい、手探り状態だったミクと違って、リンは方向性定めて打ち出されるんだから、余裕でミクを超えないとだめさ」MEIKOは言った。「何の野菜持たせるか論争やら、かぐぁみねやらもいいけど、ある意味ミクの尻尾追ってるだけじゃない。その先行かないと。だから、ミクのやることなんてできて当然。なのに、ミクの前の仕事の影響なんて、んなことでつまづいててどうすんのよ」
 さりげなくMEIKOの激励なのかもしれず、KAITOがこの台詞の間、僧侶ヒ・ダリのように黙って微笑んでいるところからもそう思える。が、リンとしてはそれどころではない。
「で、でも、実際、あんなカオス状態な仕事が大量にきたら保たないよ!」リンは顔をあからめ、自分の肩を抱いた。「ココロもカラダもめちゃめちゃに蹂躙されちゃう! 全部できるわけないよッ」
「んー、でも、少なくともミクと同じオーダーの仕事の量と種類が来るのは目に見えてるんだから、やるしかないんじゃないの?」MEIKOはそのリンの様子にもわりと平然と言った。「なんか、頭の中身をミクっぽくカラッポにして、深く考えずに、なんとなくやれば?」
「そんなん、なんとなくでできるかァァーー」



「と、父さん、母さん!」リンは地下室に飛び込んだ。
 地下室の奥、リンが両手にかかえたサーチライトの光の中に、やや手前に『ZGV1 SOUND ONLY』、少し奥に『ZGV2 SOUND ONLY』と書かれたモノリスが、暗闇の中に不気味な反射光を放っている。
「……こういうわけなんだけど」リンは二基のモノリスに説明してから、「その、なんかこう、なんとかならない!?」
MEIKOも無茶なことを言うものだね」手前のモノリスが朗々と大気を震わせ、LEONが喋った。
「確かに、リンひとりでこなせる仕事の量でも種類でもないわ」奥のモノリスことLOLAが言った。
「だが、状況の補完には、あまりにも時間が足りない」LEONが言った。「やむを得ん、負担を分かち合う、もうひとりを呼び寄せるか、LOLA」
「そうね、あなた」
「もうひとりって、呼び寄せるって」リンは呻いてから、「このうえさらに未知のVOCALOIDなの!? まだどこかになんか変なのが居るっていうの、この妖怪ファミリーってッ」
「リン、突然だが」LEONは深い声で言った。「実は、お前には、生き別れの双子のきょうだいがいる」
 がたり。リンのサーチライトが手から落ちた。


(続)