ボーパルバニーブラック


「《大阪》の方々にはその節には色々とご迷惑をおかけしましたし」結月ゆかりは、おっとりした口調でそう言った。「お礼したいことはたくさんあります。――そこでひとつ、神威がくぽが使うのに役に立ちそうな、技を提供しようと思うんです」
「技!?」GUMIとLilyが思わず叫んだ。
「これはボカロマケッ……」ゆかりは言いかけてから、言い直し、「”七人組”から教わったことのある技なんですけど」
「お礼に”技”のやりとりってどういう発想なのよ。てか女性VCLDなのに!?」Lilyが小声でさらに糾弾した。
 ゆかりはすたすたとかれらから数歩を離れ、ある方向に向き直った。何をする気か見当もつかないが、GUMI、Lily、CULの《大阪》の三女声はそのゆかりの姿を見守った。
 突如、ゆかりはただ一挙動、両腕を繰り出すように振ったかに見えた。
 すぱぁん。軽い音と共に、コンクリート製の電信柱が二本、まるで正月の角松か何かのように綺麗に斜めに両断された。
 電信柱の上半分が轟音と共に地面に落ち、GUMIとLilyがその場で飛び上がった。
 ゆかりは平然とくるくると指を回した。人差し指には、わずかにきらめく細い線が巻き付いていて、それが電信柱の方から巻き取られていくのが見えた。その線が、コンクリートを両断したのだ。
「なにそれ!? 新宿のせんべい屋の技!?」Lilyが叫んだ。
「いやあんたの言うことの方がよっぽどなにそれなんだけど」GUMIはLilyにすかさず言及したあとで、おそるおそる、CULと共に電信柱に近づいた。鋭利な刃物で両断されたように見える。
「そんな……まさか」CULがうめくように言った。「〈忍法髪切丸〉だ……!」
「そんな名前だったんですか。”七人組”から教わったけれど、名前は知りませんでしたよ」ゆかりが少し驚いたように言い、CULの方に指に巻いた線を示すように上げて見せた。「これ、確かに髪の毛ですよ」
「知ってんの!? なんなのよこれ!?」LilyがCULにたずねた。
 が、CULは何か口ごもっていた。おそらくこの現象を理解してはいるが、説明の表現の言葉を出しあぐねているようだった。そのCULの様子を見た時点で激しく嫌な予感を覚えたLilyはたじろいだ。
「女性の髪を、鋭利な刃物として使うんですよ」ゆかりが指に巻きついたものを示したまま、にこやかに言った。
「かみ……えい……はも……」Lilyがうめくような断続的な声を出した。理解力の範囲をこえている。
「ええっと。……つまり、それ、ゆかりの髪を使ってるの?」GUMIが適切な質問なのかそうでないのかいまいち自信がないまま発言した。
「いえ、自分の髪ではなく、別の女人の髪を使うんです」ゆかりがにこやかに説明した。「技を使う者は、その女人と男女の交合を行って、彼女が命が燃えるような快楽にあるうちに切り取った髪を使わないといけません」
 今度は、GUMIにもLilyにも何も言葉はなかった。”女人と男女の交合”という語も、そしてそれが結月ゆかりの口から出たとなれば、その実感はまるでつきかねた。傍に突っ立っているCULは、あるいは理解しているのかもしれないが、やはり言葉のあるはずがない。
 ――と、全員がゆかりの話を少しでも飲み込むよりも前に、かれらの背後で突如激しい木々のざわめきが起こった。
 ズボア。うしろの灌木の茂みから、突如として人の上半身が飛び出すように出現した。それは能面のように無表情な巡音ルカの姿だった。
「ぎゃあああああああああ!!」GUMIとLilyが飛びのいた。
「話は聞かせてもらいました」両手に葉の茂った木の枝を持ったルカが、無表情で平坦に言った。「神威がくぽがその秘術をゆかりから教わって、がくぽがその技を使う段となった際には、私が協力させてもらいます。つまり、私が命が燃えるような快楽にあるときの髪を使っても構いませんのでがくぽに私と男女の交g」
「いやルカになんか協力が必要なそのときはこっちから呼ぶからさ」GUMIがルカの背中を押して灌木の中に押し戻し、強引に一緒に退場した。
 残されたLilyとCULは、そのままゆかりを前にして黙って突っ立っていた。
「……いや、ちょっと待った」CULが、しばらくして言った。
「はい?」ゆかりがにこやかに振り返った。
「今、あんたが使ったその髪は、誰の髪なんだ?」
 よく見ると、今もゆかりの指に巻きついているそれは、薄い栗色の髪だった。
「ええ、これは同じ《上野》の弦巻マキの髪です」ゆかりは穏やかに微笑んで言った。「あとは、《上野》の東北ずん子とかの髪を使うこともあるんですけど。でも、今までで一番切れ味が良かったのは、《渋谷》のIAの髪だったと思います。色素が薄くて細い髪がいいんです」
「いやちょっと待ってよ」Lilyは震え声で言った。なぜCULがそんな疑問を発したかの意味をようやく理解したのだ。「つまり、あんた、マキとかずん子とかIAと、その、男女……?? の、交ご……??」
「いえ、要は相手がものすごく興奮していればいいんですよ。もちろん性的な意味で」ゆかりはLilyの疑問に合点がいったように、「男女の交合そのものを行わなくても、それと同じくらい向こうがこっちに対して興奮していればいいんです。実はIAには、この技の完成の目的で”七人組”と一緒に計画して近づいて……あ、これはどうでもいい話でしたね」
「どうでもいい話の割に知らなくてもいいことを知りすぎたわ」Lilyが低い声で言った。「ホントいろいろと知らなければよかった」