シンメトリカルドッキング


 それは、VCLDらの控え室ではよく見られる光景のひとつだった。控え室のソファに鏡音リンとレンが並んで座り、仕事疲れなのか、そのまま両者とも居眠りしていた。
 その部屋に、見慣れない組み合わせの二人がそっと入ってきた。ひとりは、音叉を3つ組み合わせた社標(ロゴ)の刻まれたヘルメットと戦闘服のような扮装の人物、VCLDプロジェクトでは皆の馴染みの《磐田(イワタ)》のエンジニアである。彼はドア越しに眠っているリンとレンの姿を確認してから、忍び足で部屋に入り、慎重な目つきで彼らを凝視しながら近づいた。もうひとりは、《上野(ウエノ)》のVCLD、mikiだった。彼女はエンジニアの背後にぴったりとはりつくように、歩調をあわせて、同様の忍び足で続いた。しかし、その目はエンジニアの緊張感とは対照的に、期待に満ちた目でリンとレンの寝顔を見つめている。
 エンジニアはリンとレンの正面で立ち止まった。そして、中腰のまま、両腕を横に一杯に伸ばした。その両手は、慎重に、眠ったままのリンとレンそれぞれの耳の機器、インカムに近づいていった。
 その手がほとんど触れそうになったとき、リンの目がかっと見開かれた。
 エンジニアとmikiはそのままの姿勢で二人一緒に、1ヤードあまりも後ろに跳び下がった。
「小泉さん」リンがエンジニアを睨みつけて言った。「今、いったい何しようとしてたの」
「……いや、その、別に、なんだ」エンジニアはごまかすような薄笑いを浮かべた。
「ええっと、それはですね! インカムからの入力で、ふたりのパラメータを操作しようとしてたんですよ!」その背後から、mikiが嬉々として説明した。エンジニアはぎょっとして振り向いた。
「ええと、私が頼んだんですよ! こないだ小泉さんが考えついたって言って、話してくれたんですけど! その内容を聞いたら私、ロボット・メカ属性VCLDの第一人者のイメージで売り出してる以上、それは見ておかなくちゃって! それでどうしてもって、小泉さんにお願いしたんですよ!」
 そんな動機は断われと思ってリンはエンジニアの方を見たが、どうもリンに見つかったことだけ何とかごまかせないか、というようなそのうしろめたさの無い表情からは、どうやら見つかるまではエンジニア本人も試してみる気だったことは読み取れた。
「んで、パラメータをどう操作しようとしてたと」リンが冷たく問い詰めた。エンジニアがかなり慌てたようにmikiを見たが、mikiは包み隠しもせずに朗らかに説明を続けた。
「まず、ふたりのGENをこっそり、両方ともぴったり『中性』の声になるように合わせるんですよ! それとほかのパラメータ、VELもDYNもBREもBRIもCLEもOPEもPORもPITもPBSも全部同じ値に合わせます!」
「で、どうする」リンが低く言った。パラメータを操作して、それで終わりだとはリンにはとても思えなかったからだが、実際思った通りだった。
「ええ! それから、私がリンを右から、小泉さんがレンを左からこう、支えて、そこで、思いっきり!」mikiはこれぞ話の山場を待っていたとばかりに両拳を握りしめて喋った。
「ふたりを両側からぐにぃ〜〜〜って押し付けて、くっつけて、体の半分まで融合させます!」
 リンは片方の眉毛を音がするのではないかと思うほど激しくつり上げて、mikiを不可解げに睨みつけた。
「それから、ふたりのGENを一度に一気に、それぞれ女声と男声に戻します!」
 リンはそのままmikiを睨み続けた。その続きの言葉を待ったが、mikiは目を輝かせたままで、どうやら説明がそれで終わりとわかるまで、リンには10分ほどを要した。
「で、それが何なの」リンが低く言った。
「何って、決まってるじゃないですか!」mikiはリンに期待と笑顔一杯の憧れをこめて言った。「『あしゅら男爵』ですよ!!」
 リンは最初のそのままの表情で、さらに延々とmikiを見続けた。
 が、不意に、隣に座ったままのレンのいびきが聞こえた。
 リンはそのままの姿勢で、握り拳の拳槌をレンの頭頂に叩き付けた。何だかさっぱりわからないが、ともかく横でこんな話をされているのにのんびり寝ているなど許せない、という気だけはしていた。