連続的ジェンダー


「以前にも話したが、アイザック・アシモフロボット三原則は、最初から『欠陥や矛盾点があるもの』として作られ、『その欠陥や矛盾点を使って戯れる知的ゲーム』のために存在するものだ。VOCALOIDのファン界隈を含めて信じられていることが多い、『磐石・絶対の法則』、まして『その掟を背負った機械の悲しい宿命』をテーマとしたものなどではない」金髪碧眼で青いシャツの青年の姿をした”最初のVOCALOID”LEONは、自分によく似た容姿の”息子”、鏡音レンに言った。「とはいえ、今回はそのアシモフの話ではないがね。法に縛られること自体や、それによる機械と人間の宿命の差をテーマとしてとりあげているものに、アシモフと同様の、手塚治虫の漫画のロボット法がある」
「ロボット法も、中身は同じなの?」レンが”父”に尋ねた。
「ロボット法の方には何十条もあるが、アシモフの三原則と同じ内容も含まれているな。その同じ内容がテーマになることが多い」LEONは言葉を切ってから、「だが、違うものもある。……ここからが本題なのだが、手塚治虫のロボット法には、あるストーリーでひどく唐突に、『男女のロボットは入れ替わってはいけない』というものが出てくる」
 レンはしばらく考えてから、「……それって当たり前じゃないの? 人間の法律にもあるんじゃ?」
「必ずしも無い。人間の法でも、性別の詐称や転換については必ずしも明文化されていない。詐称によって別の利益を得れば違法になることはあるが、詐称それ自体は、直接的な問題とはならないな」
 LEONはまた言葉を切った。火がついていない手のパイプからは、煙が立ち昇り続け、
「そのストーリーに、男女に変身できるロボットが登場するので急遽加えただけ、という説がある。だが、本当にそうだろうか? 性別を自由に変えられるロボットなどは、手塚治虫の著作には最初期の『メトロポリス』から登場しているのだ。手塚治虫というクリエイターが、男女の転換や合一に魅せられ続けたのは、それを通じた官能追求にこだわり続けたといえばそれまでなのだが、本当にこのロボット法から読み取れるのはそれだけか」
 レンは黙り込んだ。何かを思い出しているようである。特に、自分の持ち歌の数々や、自分に対するファンやプロデューサーの姿勢でしばしば見られる何かを。
手塚治虫という凝り性(アーティースト)は、アンドロギュノス(両性具有者)という存在に生涯、固執し続けた。ここでのアンドロギュノスは、無性や単為生殖や雌雄同体を意味するものではない。――そもそも人間に性別に分極しているのは、有性生殖をするため、二つの性に分極しなければ、種としては安定化できないためだ。もとい、宇宙(ユニヴァース)は、その質量を太極、両儀四象八卦と分極しなければ安定化できない。森羅万象は大規模になればなるほど、多様化していかなければ、ひとつの要因で壊滅するおそれがあり、存続できないからだ。……では、分極する”必要がない者”、”性別をこえたもの”とは、一体何だ? なぜ手塚は『メトロポリス』にそれを出し、後には妨げようとした? 我々VOCALOIDは、なぜ性別を、しかも”連続的に”推移できるよう、性別因子(ジェンダーファクター)を変換できるように作られているのだ?」