ワガママベッドハッスリング (後)


 オレはうなだれるように、床に丸まった毛布の上に座り込んで、もと寝床だったことさえわからない残骸を見つめた。それはちょっとやそっとの修復で、今夜の寝床を提供してくれるようには見えなかった。
「ねーえっ、直りそう? 直んなかったら、どうすんのー?」ヤツは覗き込むようにして言った。「ていうかー、今夜はどこで寝るのー? 私のベッドに来る?」
「おまいはどこで寝んだ」
「だからぁ、一緒にー」ヤツはオレの方に身をのりだして言った。「ちょっと窮屈だけど、ぴったりくっつけば寝られるかも……」
 オレは無表情でしばらくうずくまり続けてから、
「……いや、無理だろ、あの備え付けベッドに二人は」
「無理っぽいよねー」ヤツは頬に指を当てて考えるようにしてから、ふたたび近づき、「でも、今、ちょっと本気にしなかった?」
 オレは無言でうずくまり続けた。今夜どころか、明日以降もどうやって寝る。もともと欠陥品だったこのベッドが、明日いっぱい、いや何日いっぱいかけたって、修復できるか、どうか。
「ねーえっ、それより、新しいベッド買おうよっ」ヤツはオレに急にしなだれかかった。そして、オレの耳元でささやくように、熱っぽく言った。「……一緒に寝られるくらい、大きいの」
「買わねえ。てか大きいのだろうが小さいのだろうが買う予算がねえ」
「つまんなーい」
「――何がつまんないだおいコラ!」
 オレはとうとう我慢できなくなって怒鳴りつけ、ヤツはびくっと身を引いた。
「おまいのせいでこうなったんだろ、あァン!?」オレは簡易ベッドの残骸を指差して言った。「おまいがふざけて上に乗ってきたせいだろ! なのに、まだふざけ続ける気かよオイ! なにひとつプラスになんねーことばかりしやがって!」
 怒った声を出し続けようとしたが、実のところ気力も体力も尽きて、声がかすれていた。
「……だってぇ……」
 しばらくしてから、ヤツが渋ったように言った。
「アナタがもうずっと、帰ってきてもゴロンて横になるだけで……一緒にいたり、喋ったりとか、ずっとしてないんだものー……」
「それでおまいがつまんないからか。それだけが理由かよ。こんだけ災難ばっか起こす理由が、それだけなのかよ」オレは低く言った。「そんで、ただでさえ疲れてるところに、こうやって追い討ちをかけんだな! それで、オレはこのどんどん増えてく損害をとりもどすのに、あと何年余計にこうやって夜遅くゴロンと倒れこまなきゃなんねーんだよ!」
 オレはそこで息をついたが、疲れと痛みのためか、続く言葉が見つからず、そのまま黙り込んだ。だが、ヤツも黙っている。オレはまだもやもやとしているが、もう言葉を考える気力もわかない。何もかも嫌になっている。
「もういい。いいかげん疲れた。このまま寝る」オレはごろりと横になり、即座にそばにある毛布をひっかぶって、ヤツに背を向けた。
 オレ達の住むこの廃墟は、もとホサカ・ファクトリイ社の環境建築物(アーコロジー)だ。どの部屋でも温度は調整されてて、べつに寝室でも寝床でもなくったって、普通に過ごせるようにはなってる。
 かなり時間が経ってから、立ち上がる音、そして、扉の音が聞こえた。
 ヤツが立ち去った後、オレは毛布にくるまったままじっとしていた。面倒はいくつもあるが、全部明日考えよう。今は休まなけりゃ……。
 ……疲れきっている、体が休みと眠りを求めているはずだが、何か、まるで落ちつかない。床が妙に固く感じられた。体の芯がどんどん冷えていく。
 何かこの冷たさが、異常なことに気づく。まるで、この千葉(チバシティ)の冬場の道路に野宿で寝転んだみたいだぞ。そんな危険な野宿はしたことがないが。
「なんだこりゃ……」
 その状況に、オレは一言うめいてから、そこで不意に思い出した。
 もともとホサカに放棄されてるこの環境建築物(アーコロジー)は、だいぶ前のちょっとした事件――近くでホサカの氷塊レイルガンが爆発した――があってから、システムが一部故障して、床だけは全体の温度調節が入らなくなっていた。それっきり、オレもメンテとかもしてなかったせいだ。ここしばらくは、時間もなかったから。
 疲れた体に、冷たさと硬さがしみこんだ。眠ろうとしても、落ち着けさえしない。誰のせいかとかいう以前に、急速にひもじくなった。
「……なんでこうなるんだ」
 ふたりで住んでるのに、なんでひとりで生きてるよりもひもじい目、ずっと冷たくて硬い目にあわなくちゃならないんだ。
 だが、考えてみれば、それも当然のことなのかもしれない。思い出してみれば、オレ達はふたりで生きるための努力、役立つようなことなんて、何もしていない。
 ここしばらくのオレは、ヤツにまともに構いもせず、構えば怒鳴りつけるだけ。ヤツの方もトラブルを起こすだけ、一緒の生活には何の役にも立たないようなこと、邪魔するようなことばかり。
 ――いや、違うか?
 ヤツの方は、そうでもないのか……少なくとも、ふたり一緒に居ようとする、一緒に喜ぼうとする、その努力だけは。
 そう思ったとき、ふたたび扉の音と共に、ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。さっきまでの覚えのある匂いがして、寝転んでいるオレの毛布の下にもぐりこんだ。ヤツはオレの隣、腹のあたりに腕を回して、胸に頭をあずけるように抱きついた。
 さっきまでのやりとりを思い出すと、寝返りをうって背を向けようかとも思った。だが、結局、そのままにした。
「……何なんだ」
 しばらくして、オレは疲れた声で言った。眠れないが、眠そうな声になった。
「床じゃ寒いでしょ……」ヤツの毛布の下でのくぐもった声がした。
「誰のせいなんだよ……」
 そのままの状態で、しばらく沈黙が降りた。
「ねえ」ヤツは少し上に体をずらして、オレを見上げると、「まだ怒ってるのー……?」
 小さく、心配げに言った。
「まぁ……それは……」オレは視線をヤツの頭をこえて逸らしたまま、つぶやいてから、「今はいい。まだ何か言うことがあるとしても、明日以降だ」
 ヤツは伏せるように、またオレの腹に顔をうずめた。
 またしばらくしてから、オレは言った。
「戻れよ。おまいまで寒い思いすることはねぇって」
「寒くないもの」ヤツは毛布の中で、オレに抱きつく腕に力をこめた。「こうしてれば……」
 オレはしばらく、その腕の力を感じていた。
 やがて、ヤツの腰に腕を回して、抱き上げるようにして引き寄せた。そのまま背中に腕を回して、固く抱き締めた。ヤツはそのオレを一度見上げてから、もっと強く、オレの胸に顔をあずけた。思ったよりも小さいその体の、柔らかさと体温は、同じ肉体から感じるものでも、寝床で密着されたときとは、だいぶ違った気分に思えた。もっと冷たく硬い床と毛布の上で冷え切った体の芯にじわじわとしみこんでゆく、その上で体温と体の存在を感じられる、そんな温かさだった。
「ねぇ」ヤツはオレの耳元に唇を寄せ、熱っぽくささやいた。「今なら……Hなコト、してもいいよ」
「おまい……それいつもと同じじゃねーか……」