甘い収穫V

「何だろう」KAITOが肩に手をやりながらそう言ったのを、家のリビングの長椅子に寝転んでMEIKOのロック雑誌をめくっていた鏡音リンが見上げた。
「肩、っていうか、首が……凝ってる、っていうより、締め付けられてるみたいな苦しさがあるんだ」
「疲れとかじゃなくて?」リンはKAITOのやつれたような顔を見上げながら言った。
「あんまり原因の心当たりはないな。それに、疲れがある時よりもひどい。……まあ、考えたってわからないけど」
 KAITOは言いながら、リビングを出ていこうとした。リンはそのKAITOからロック雑誌にふたたび目をおろそうとしたが、そのとき、ふと、KAITOのその背中に気づき、ぎょっとして振り返った。
「あーーーーーー!!」リンはKAITOの背中を指差して叫んだ。
 KAITOのマフラーの、背中に垂らしている両端に、それぞれ大量の小ミク、すなわちミクをそのまま低頭身にして、てのひらサイズにしたようなもの達がへばりついていた。
 小ミク達はブドウの房のようにマフラーに大量にすずなりになって、いずれも両手両足でマフラーにしっかりとしがみつき、その青い生地に幸福そうに顔をうずめていた。その小ミクの集団の重みが全部、マフラーの両端にそれぞれ加わっているので、KAITOの首がマフラーできつく絞めつけられていたのだった。



「……ちょっと、おねぇちゃん、困るよコレ!」
 リンは、ミクの部屋に入ると、両端に小ミク達が大量にしがみついたままのマフラーをミクに向かって差し出して叫んだ。
 リンと、一緒に来ているKAITOには、それらの小ミク達をマフラーから剥がす方法が、どうしても見つからなかったのである。小ミクはいずれも、雷が鳴ろうが地が裂けようが決して離れないくらい、マフラーにしっかりとしがみついていた。
「そうなの……」
 自室の床に掛けたミクは、そのKAITOとマフラーの光景を見ても、不思議そうに首をかしげるだけだった。
「そうなのって、この小さいののおかげで大変なことになってたんだってば!」
「でも、そのみんなが、それぞれどう動くかって、わたしが細かくどうにかできることじゃないし……」
 これらの小ミクをはじめとして、VOCALOID達それぞれに存在する小型の分身のようなものは、ボーカルアンドロイドとしてのかれらの機能のいわゆる”下部端末”、子機といったものである。
 下部端末は、本体とは感覚を共有しており、例えば小ミクが感じたこと(例えば、いずれも両手両足でしっかりとマフラーの”幸福”にしがみついている小ミク全員が今感じていること)は、本体のミクにも多少なりとも反映されるようになっている。
 しかし、小ミクのそれぞれは自律して動き、どこで何をやっているか、本体の側で完全に把握できるわけでも、すべて意識的に細かく操作できるわけでもない。特に、”あいどる”としての活躍が多いミクの下部端末は、数が極端に多く、把握も難しかった。これらは、そういった小ミクのうちの、ミク本体の知らないうちに行動していたものだった。
 ミクは、小ミクたちの姿、KAITOのマフラーに顔をうずめているその幸福そうな姿を、ほんの少し頬を紅潮させて見つめた。KAITOのもとに集まって、思う存分しがみつける小ミクたちのことが、よほど羨ましいとでもいうように。
「細かくはどうにかできなくてもさ、何かどうにかしてよ! おねぇちゃん以外には、なおさらどうにもできないんだから!」リンはそんなミクに叫んだ。
 と、KAITOが息をつめるような声を上げたのに気づき、ミクとリンは見上げた。
「どしたの」リンが尋ねた。
「いや……まだ少し苦しいんだ」KAITOは呻くように言った。
「さっきまでの疲れじゃないの」
「そうならいいけど……何か、今もまだ締め付けられてる感じだな……」
 リンは、すでにマフラーを外しているKAITOの首廻りを眺めた。外見からわかる限りでは、苦しむような原因は既に何もないように見える。リンは怪訝げに、自分の手のマフラーの両端、今も小ミクの群れがしがみついているそれを見つめた。
 と、リンははっとして、二房のマフラーと、ミクの髪型を何度か見比べた。
「ちょっと待って、まさか」リンはうめいた。
 しばしばあることなのだが、KAITOの青のマフラーの二股と、ミクの緑の髪のテールが対になっているビジョンがよぎり、そこから、不意にひらめいたことがあったのだ。
「おねぇちゃん、ちょっとごめん」リンはミクに歩み寄り、二房のテールに結った髪のうち、テールのひとつ、その大量の髪の緑色の中に手を突っ込んだ。
「リン、何するの……」
 まもなく、ミクの髪をかきわけて、リンの手があるものを見つけ出した。
 ミクの髪の奥深くには、小KAITO、すなわち、こちらもKAITOをそのまま低頭身にして、てのひらサイズにしたようなものの一体が、うずもれていた。
 何かの拍子に一体が紛れ込んで、溺れるようにミクの大量の髪の奥深くにうずもれたのだろうか。しかしただ埋まっているだけでなく、その小KAITOは、首といい肩といい身体といい、全身にミクの髪がからまり、がんじがらめにされていた。下部端末の感覚は本体にも伝わるので、つまり、この小KAITOの感じている締め付け、ミクの髪から与えられるあまりにも強固すぎる抱擁が、KAITO本体の方にも伝わっていたのだった。
 リンは小KAITOにからまったミクの髪をほどこうとした。しかし、それが先ほどの小ミクをマフラーから剥がす作業と同じくらい困難らしいことを知ると、うんざりしてミクを見上げた。
「コレは『小さい方が勝手にやってること』じゃなくて、本体が……『おねぇちゃん本人がやってること』だよね?」リンは疲れたように言った。「どうにか……なんないかなぁ……」