ゆるキャラ序説(4)


 その3Dモデルは、着ぐるみと同じで概形(サーフィス)のポリ構造の下はがらんどうの(MMDモデラースラングで言えば「中身なし」の)ただの張りぼてだが、実物(架空の動物にはそんなものはないが)さながらの質感を備えていた。
「ひぃ!!」kokoneが思わず喉を鳴らした。
 いろいろな所で見る、マスコットキャラの定番の、戯画化されたネズミのようなものだったが、CULの趣味なのか、LANケーブルを思わせる蔦がぬるぬると全身からうねり出すように発しつつからみついており、ITとも植物的ともいえた。
「インタネ社+某ピカチャウ的存在。まさに社名とマスコットの王道が合体した《大阪》の魂が形になったかのようなキャラクターモデル。名付けて、たね+でんきバケモン『タネチュウ』よ」
 Lilyが高らかに宣告した。
「さっそくコレを兄上に見せて承認を得るわよ」
「がくぽ兄上にですか」kokoneは首をかしげた。
「あんな男でもうちの長兄、もとい家長、当主なのよ。色々と面倒なだけだからスルーしたいところだけど、何も伝えずにコトを進めるのもあとあと不安を残すわ」Lilyは長々と言い訳をしながら、さきほどのタネチュウを両手に抱えた(鼠の怪物でしかもマスコットにも関わらず、2フィートほどはあった)CULと共にのしのしと歩いて工房の暖簾を出て行った。
 kokoneはついていこうとして、ふと工房の方を振り向いた。いくら壺の使用は無料とはいえ挨拶もなく去った二声の”姉”のフォローのため、アリシアに一声かけておく必要があるかと思ったからだった。が、kokoneは工房の中のさきほどの魔物のるつぼの周辺に眼を見張った。
 壺の口からは、種やら蔓やら鼠やら、中途半端に形をなさず材質へのUVマッピングに失敗して混沌と渦巻く色彩を得た生物の部品が無数にうごめき、今にも壺の口からあふれだしそうになっていた。
「何なんですか!? タネチュウ以外にまだ出てくるんですか!?」
「さっき飛び出したのは、生成された中のごく一部、一番まともに形状が生成された1種にすぎんぞ」アリシアがkokoneの悲鳴に答えた。
「あの、『まともじゃない』のも出てくるんですか!?」
「魔物の『るつぼ』だぞ。さっき入れた要素が混ざった代物が、なんでもかんでも色々出てくるに決まっとろうが。どれ、下がっとれ」
 アリシアは立ち上がり、そばに並んでいる数々の壺のうち、『うっぷんばらしの壺』と書かれた壺を掴んだ。アリシアはそのまま、ピッチングフォームのように足を高々と上げ、
「イッカァーーーーーーン!」
 一声叫んで投げつけた。が、うっぷんばらしの壺は魔物のるつぼの周辺でなく、アリシアの方をのぞきこむように首を伸ばしていたリュウトの側頭部を直撃した。リュウトはそのアリシアの脚全開の投球フォームの下半身を凝視するために、信じられないほどの速度でアリシアの前に回り込んでいたのである。壺が当たったリュウトがよろめいて倒れる間もなく、壺はその場で大爆発を起こした。火炎瓶とか火薬樽の類に見えるが、実の所は壺焼きのかまどの火炎と同じシステムで渦巻く破壊システム(攻撃プログラム、ブレイクウェイア)を内部に封じているうっぷんばらしの壺は、狙っていたクリーチャーばかりでなく辺りに転がっていた壺(『火薬の壺』や『四二鉢』が混ざっていた)やその他のアリシアの商売道具を巻き込み、それらがリュウトもろとも吹っ飛んだ。
 ──kokoneは爆裂した『ニコニ立体窯元』をあとにして、先に《大阪》に戻っているLilyとCULの後を追った。
 kokoneが《大阪》のスタジオに戻ると、LilyとCULは、神威がくぽと向い合せに座り、タネチュウの3Dモデルを前に、すでにがくぽに説明を終えたところのようだった。
 が、kokoneが推移を見守るうち、それを黙って聞いていたがくぽは、ゆっくりと頭を抱えた。
「なんだ、この感覚(プレッシャー)……」がくぽは3Dモデルの方に、しかしまるで焦点の合わぬ目を泳がせた。「『タネチュウ』……うっ頭が……」
 がくぽは突如うずくまり、全身を震わせて、誰にともなく独り言だけは発し続けた。
「シャア板と旧シャア板の分裂……映画版の無期限停止……00に先をこされた映画……先人の平穏をあれだけ犠牲にして何も得られなかったタネチュウらの背負った十字架……監督脚本負債の負の遺産……タネチュウ達が背負った呪縛……」意味不明な呻き声を繰り返してから、がくぽは遂に頭を抱えたまま、その場の床じゅうをのたうち回った。「うぐあらあがぁあがらああぁがあ!!」
 当然、その発作でがくぽが承認するどころではなく、家長の承認がおりないので、マスコットキャラプロジェクトは停止(誰かがいつか思い出して再開する見込みはないので、実質上の中止)となった。
 ──その後、タネチュウは、《大阪》のかれらの自宅、(がくぽの趣味で和室の)客間の掛け軸の隣に、今も置物として置いてある。が、CULは《千葉(チバ)》で見かけたとかいう、フナッツーだかチコターリだかの頭から葉っぱが生えて不気味な声と動きの別の怪生物にすっかり夢中になり、タネチュウのことはそれきり、さっぱり忘れたようだった。Lilyは、《札幌》の連中のPVに絵を提供していたデザイナーが盗作疑惑で炎上したとかの新しい情報が入ると、こっちも同じ被害を受ければ目立つかもしれないだとか、新しい権謀術数に没頭した。リュウトは、例のアリシア・ソリッドやその他関連女性キャラの、文字通り尻を追い掛け回しているだけで、プロジェクト自体には最初から何も関わっていなかったし、その後も何も関係ない。
「あの、わかんないんです」
 さらに何日か後になってから、kokoneは一連の出来事について、《大阪》のVCLDの”長姉”、GUMIに尋ねた。
「何がー」GUMIがのんびりと応じた。
「その、なんだか何もかも」kokoneが呟くように、「なんでいきなりCULが暴走したのかとか、なんでいきなりLilyが暴走したのかとか、なんでいきなりリュウトが爆発したのかとか、……でも、一番わからないのが、なんでいきなり兄上が、『タネチュウ』にあんな発作を起こして倒れたのかとか」
「んー」GUMIはけだるげな声を発してから、「まー、VCLDにはよくあることだよ」
「暴走とかがですか……」
「暴走も爆発も発作も、あと他になんでも。とにかく、なんだかさっぱりわかんないこともさ」
「わたし、この業界、いつ理解できるんでしょう……」
「誰もいまだに理解してない」GUMIは言った。「それで問題が起こらない──わけでもないけど、まあ、生きてけないわけじゃないし」