ゆるキャラ序説(3)


 鋭い表情のLily、うきうきと踊り出しそうな足取りのCUL、さらに、その彼女らの背中に続いてkokoneとリュウトが順次、『ニコニ立体窯元』と書かれているのれんをくぐった。
「なんだ、おぬしら、《大阪》のVCLD連中か?」
 工房の真ん中で、アリシア・ソリッドが力なく言った。いくつか並んだ大きな壺の上に、足を投げ出すように延ばして掛けている。いつも活発に何か作っている、というリュウトの言葉に反して今のアリシアには覇気がない。ちょうど作り疲れたところに一行は当たってしまったのだろうか、杖状のビーム彫刻刀も発光を落として傍らに転がっている。
「おぬしらが来るのは最初だな。《札幌》の連中と違って」アリシアはどんよりした目でLilyを見上げて言った。
「何よ、あいつらがよく来るの!?」Lilyは眉を上げて言った。《札幌》とは別のモデラーを探すつもりが、当てがはずれたようである。もっとも、彼らと同じことをしたくないという気分の問題であって、実際にはそう問題があるわけではない。
「しじゅう衣装のモデリングを頼みに来るわい。ゲームに出演するためらしいわ。あと、《上野》の連中も、ゲームとかの予定はないのによく相談にも来るぞ。紫のウサギ女とかな」アリシアは力なく見上げ、「おぬしらはそうでは無いようだの。衣装が要るような仕事がそんなに無いか?」
「余計な詮索をすると客を逃すわよ」Lilyが低い声に凄みをにじませて言った。
「どうだ、3Dモデルを依頼しないなら、壺を買ってゆかんか」アリシアは手だけ伸ばして、工房に並んでいる壺のいくつかを指差した。「『背中の壺』はどうだ。背中のツボ押しは健康に効くぞ」
 kokoneは目の前のLilyの背中とその『背中の壺』を見比べるように、工房の中を伺った。ついで、怪しげな霊感商法そのものの台詞と共に壺を指し示している窯元の主、ズボンだかパンツだかわからない(しかし、とてもズボンとは思えない)代物以外には下半身ほぼ丸出しの少女を、怪訝げに見つめた。
「あいにくだけど、今日は客に向かって足を投げ出してる尊大さに見合うだけの仕事はして貰うわよ。3Dモデルの依頼に来たのよ」
「こういうのがいいんだ!」CULが目を輝かせながら、『うなぎいぬ』の額縁に入った画像ファイルをアリシアの目の前に差し出した。
「なんだ、既存の生き物のたぐいを組合わせるだけのキャラクター製作なら、わざわざいちからモデリングするまでもないのう」アリシアはまたやる気もなさそうに言ってから、「好きなだけ、そこの『魔物のるつぼ』を使うとよいぞ」
 アリシアが指差した先のまた(さっきの背中の壺とは)別の壺を一行は見つめた。
「欲しい魔物の属性を、そこにある札に書いて入れる。それから、ツボを押すのだ」アリシアが説明した。
「あの、お代は……」kokoneが尋ねた。この頑固職人気質ならそれだけでも値が張りそうだと思ったのだ。
「背中の壺はともかく、魔物のるつぼとか、トドの壺の使用料は無料だわい。他に使い道はないからのう」アリシアは言った。「簡単に魔物が作れるが、わしは作らん。所詮動物ゆるキャラなどは、指のひと押しで出てくる程度の創作意欲も要さない量産物よ。それでも、日々ひとりでにでも産み出されてゆくもの。世に出てはイカンと割るわけにもいかん」
 アリシアの述懐をよそに、《大阪》のVCLDらは魔物のるつぼと、その傍らの札をのぞきこんだ。
「ここに新キャラ動物の要素を羅列してけばいいのね」Lilyが壺のそばにある札と、筆ペンをとった。「まず最優先は、会社の名前だわ。インタネ、っと」
「あの、ほんとにそれって『動物の要素』なんでしょうか」kokoneが小声で言った。
「いや、次からは動物の要素だよ。小動物だ。モフモフ要素と、それから、あと細長い要素だ」CULが目を輝かせて言った。
「小動物、モフモフ、細長く、っと」Lilyが札に書きつけた。
 kokoneは誰かが何か口を挟むことを期待してあたりを見回したが、アリシアは相変わらず床に並んだ『保存の壺』の上に両足を投げ出したように座り込んでくつろいでいるし、リュウトはそのアリシアの投げ出した両足の付け根あたりの、黒く生地の薄いパンツ(おそらく)ごしに浮き出して見える微妙な凹凸を何かひたすらガン見している。
「そしてなんかこう、ほら」CULが何かの曲線状の形をなぞるように激しく手を動かした。kokoneにも、それが”うなぎ”を示そうとしていることは辛うじてわかった。「ヌルヌル、にょろにょろっとした感じだよ」
「にょろにょろ」Lilyが書きつけた。
「あの、ほんとにそれでいくんですか」kokoneがたまらず口を挟んだ。「ほら、ええと、あの、ええと、どんな要素が人気が出るだとか、リサーチだとか、一度帰って落ち着いて研究してから……ポッチョマは子供達に女性ファンから某MUR先輩まで人気があるけどミジェマルはたまラッコとかひたすら叫ぶネタで当初なんか引かれたとかその、色々と前例があったような」
 CULが札に羅列された単語を繰り返し凝視しながら、はぁはぁと荒い息を吐いた。その頬は上気して紅潮し、目は潤み、普段はクールな魔法戦士少女がひとたび恋をすれば一途に相手に尽くすというファンにありがちな妄想がまさしく形になったようであったが、その唇がささやく言葉はファンの希望とは到底かけ離れていた。「ヌルヌルした小動物……欲しい……欲しいよぉ……」
「あの、せめてひと呼吸を深呼吸してから、ていうか、正気に戻っ……」
「いいや! 『限界』だッ! 押すねッ! 今だッ!」
 CULが叫んで『魔物のるつぼ』の中に手を突っ込んで中の何かを押し込んだ。
 ピプー↑。経絡秘孔のような音が壺から響いたかと思うと、魔物のるつぼがぶるぶると全体的に不審な振動を繰り返した。直後、その壺の口から溢れだすように、3Dモデルの姿がぬるりと現れた。


(続)