幻の大地を引き立てるには


「だからなんでクライマックスの最後の戦いに、私の役だけ『船で待機』なのよ!」RPG風ストーリーPV(第6作目)の台本を持って、MEIKOのところに抗議に駆け込んできたのは、今回もLilyだった。髪を頭のてっぺんでまとめた家出娘の扮装で、毎度のようにMEIKOに食ってかかった。
「クライマックスっていうか、単なる1クールの山場なのよ、これ」MEIKOが台本を見てけだるげに応じた。「後でいくらでも出番があるわ」
「後でって、このPVシリーズが打ち切りにならないとも限らないじゃないの」Lilyの反駁は異常に現実的であったが、決してシリーズ自体が順風満帆な仕事ばかりが巡ってくるわけでもない中堅VCLDとしては切実な実体験ではあった。「これ、仕事を受けた時には、主人公のメインパーティーメンバーでしかもヒロイン役だとか聞いたわよ!? メインメンバーが決戦の時に外れて一切出番がないとか、わけがわからないわ!」
「ええ、終盤の一部のセリフから一応消去法ではヒロイン的ではありますし、ファンの間ではこのとき出てくる飛竜とか後の時代のシリーズに出てくる龍神の正体だとかいうのをはじめとして、様々な噂があります」巡音ルカ(占い師の謎の女性役)が言った。「奥の深い謎めいたキャラなのです。家出娘だけがこの戦いで船で待機しているのは、その謎のための伏線とも言われています」
「確かなのそれ!?」
「そういう説を唱えるファンのために待機しておく描写は重要だということなのです。そして、下手に謎に解釈の余地を与えないためにも、待機以外の行動をとらせることもできないのです」
「『ゲントの杖人間』とか言われ続ける役よりはなんだってましだと思うけどな」鏡音レンが、『ソワカちゃん』のクーヤン役の時にも使ったハゲヅラをかぶり、角のように頭の両側から飛び出したフードを持ったまま小声で言ったが、おそらくLilyには聞こえていなかった。
 と、そのとき、青髪の青年の扮装のKAITOが楽屋に顔を出した。
「ミクはいないのかい……」
「ええ、『主人公の妹』役が出てくるような場面は、当分ないって言っといたわよ」MEIKOが答えた。
「それが、出番なんだよ。呼んでくれないか」
「なんで!? なんでよりにもよってミクが出るのよ!」LilyがKAITOに猛烈な剣幕で食って掛かった。「船にいる私の役より、村で待ってる主人公の妹の方が、出る脈絡がなんにも無いじゃない!」
 KAITOはそのLilyに、ほんの少し驚いたように視線を向けたが、
「『回想シーン』を挿入することになったんだよ。スポンサーから急に指示が出たんだ。実はあの主人公の妹は昔からファンの間にかなりの人気キャラだから、無理やりにでもここで出しておけって」
「やっぱり納得いかないわ」Lilyがうめくように言った。