甘い収穫IV

 その日、鏡音リンとレンが家の庭の芝生の上で、MMD動画の特に激しい動きの部分をリハーサルしていたところ、突如、レンの姿がリンの隣から忽然と消滅する、という事件が勃発した。
 周囲の面々の直後の恐慌状態を経て判明したところでは、動いていたレンの足元の芝生に、突如、レンの身長のちょうど2倍ほどの深さの穴が突如あいたことと、そこにレンが丸ごとはまりこんだ、という事実が明らかになった。これも様々な理由から、練習は続行できなくなったが(レンがのびてしまったという他に、そんな足元に穴があくような危険な場所でリハーサルは不可能だという理由があった)レンの介抱後は手持ち無沙汰になってしまったリンのかわりに、巡音ルカが何やら調べて回り、やがて報告にやってきた。
「で、なんでいきなりそんな穴があいたわけ」リンがげっそりしたまま尋ねた。
「おそらく、地盤がゆるいためです」ルカが平坦に答えた。「MEIKO姉さんによると、ここ札幌は特に北東部には泥炭地、つまり植物が低気温のために分解されずに堆積した土壌が多く、そうした場所だった場合、立地条件として万全とはいえません」
「んで、その万全でないモノが、レンの足元にピンポイントで直撃した、ってそれだけがこの事件の全容ってわけ?」
「その他に」ルカは右袖のコンソールを操作し、そこの小モニタのモノクロ映像をリンに見せた。「音波反響で地下を調べてみたところ、庭の下の地中にはトンネルが張り巡らされていることが判明しました。地盤沈下した直接の原因だと思われます」
「な、なんじゃこりゃああああ!!」網の目のように張り巡らされたトンネル配置図を見て、リンが叫んだ。「この家、こんな状態の土台の上に建てたわけ!?」
「いえ、3週前に別の探し物をした際には、このトンネルは存在していませんでした」ルカが冷静に言った。「何者かがその期間の間に掘ったと思われます」
「誰が……どうやって……何のために……」
「VCLDの関係者の中では、”たぴ・ぱんモグラ”くらいしか心当たりがありませんが、とても掘りきれる規模ではありません」
 リンは眉根に皺をよせて、ルカの袖の地下トンネル図を睨んだ。とりあえずは地盤沈下の心配について、危険な地帯を探す目的だった。それぞれのトンネル自体は直径がかなり小さく、人間大の大きさがくぐる目的ではない。その張り巡らせ方はかなりデタラメな掘り方に見えるが、リンはそこに何かの規則性を見つけようとした。
「これ、途中で曲がったりぶつかったりで、だいぶ行ったりきたりしてるせいで、トンネルだらけになってるけど」やがてリンは、映像を指でなぞって言った。「だいたい一定の目的地に向かって堀り進んでる気がする」
 ……リンとルカは、その地下映像を頼りに地上を歩いて、そのトンネルの目的地に対応する地上めがけて進んだ。家の敷地を離れ、空き地になっている草原をしばらく歩いた。
 しばらくして、ルカが立ち止まった。「ここが、トンネルの最先端ですね」
 ルカは右袖のコンソールを操作し、別の映像を表示した。「このすぐ地下の映像です」
 リンはそれを覗き込んだ。
 ──ものすごい数の、掌サイズの小ミクの群れが、ネギを使ってトンネルを掘り進んでいた。無理矢理駆りだされたのか、ところどころに作業を手伝わされている”たぴ・ぱんのモグラ”たちの姿も幾体か有る。
「何なんだ……目的は何なんだ」リンはうめいた。
 ルカは無言で、その小ミクたちの掘り進む方向の、さらに先まで進んでいった。……トンネルの到達予想目的地まで進んだリンとルカは、そこの地上の光景を見下ろした。
 そこには、リンならばちょうど片足だけが膝まではまるくらいの縦穴があいていた。その縦穴に、一体の小KAITOが両手を上げた状態で、すっぽりとはまりこんでいた。頭の大きさに対して穴の直径がぎりぎりなので、おそらく、小KAITOの自力ではどうやっても脱出することは不可能だった。
「おそらく、小ミクたちは、この一体を地下を経由して救出しようとして──もとい、ゲットしようとして、トンネルを掘っていたようです」ルカが無表情で言った。
「なんでこんなところに穴があいてるんだ……」リンが小KAITOがはまっている縦穴を見下ろしてうめいた。
「おそらく、地盤がゆるいためです」ルカが平坦に答えた。
「なんで地上から助けないんだ……」リンが小KAITOを見下ろしてうめいた。
「明確には判りかねますが、おそらく、小ミクは何も考えずに目的のモノの方向に向かって突き進みたいだけなのでしょう。たとえそこが地下であっても」
「毎回思うんだけど」リンが呟いた。「なんでこの努力と団結力を何か他のことに使えないんだ……」