便乗人気的帰納法

「もしリリーが”初音ミク”級の有名人になりゃ、だぜ」銀髪に黒サングラスの男(→参照:右)は、椅子一杯にその屈強な体躯を伸ばすかのように、だらしなく掛けたまま言った。「そしたら、相棒のこのオレも、ネットじゅうで引く手あまたってわけだぜ!」
「なに調子のいいこと言ってんのよ、こっちの気も知らないで」Lilyは、カフェの席の向かいに掛けたその銀と黒の男、Moshに向かって、きつい口調を返した。「だいたいモッシュ、アンタなんて、大半のVOCALOIDユーザーとかリスナーには、存在そのものを知られてないわよ」
「それだ!」Moshは生来の歯をむき出す笑みをさらに大きくし、Lilyをびしりと指差して言った。「それまでは存在自体が知られてなかったのが、初音ミクの人気にひっぱられて、大人気になった”KAITO”って男キャラの前例があるだろ!」
 Lilyは片眉だけ上げた。
「このオレの、《南青山(ミナミアオヤマ)》が出したPVに出てただけの厨二病話キャラだとかニコ厨どものコメで好き放題言われっぱなし、そんな時代ももうすぐ終わる! しかも──これだけイケメン男キャラとくりゃな!」Moshはびしりと親指で自分を指差し、「KAITOやほかのVCLDや関連キャラ男連中の扱いを見てりゃわかる! 女性ファンが濡れ手に粟! 曲やPVやMMDストーリーの中じゃ、女声VCLDや関連女キャラの間のハーレム状態確定だぜ、Yeah!」
「何を太平楽を並べてんだこの極楽蜻蛉が……」
 Lilyは心底あきれ返って言ったが、
「……でも、まあ、私が有名になれば、アンタも少しはってのは、ちょいと理屈ね」
「──”この界隈の男キャラが人気が出る”とは、どういうものなのか知りたいですか」
 その声に、LilyとMoshは思わず振り返った。



 一体いつの間に現れたのか、二者の向かい合うカフェの席のすぐ傍らに、巡音ルカが立っていた。
「ウホッ! さっそくいい女」
 ばちんと掌でMoshのその口を塞ぎ、Lilyはルカを怪訝げに見上げた。「……意味深長に切り出すわね。要は何なの?」
 この巡音ルカは、新人だが同業他社所属のLilyに対して、少し前から何か進んで教えてくれるのだが、それが何故なのかは正直よくわからない。だが純粋な親切からにせよ、何か裏があるにせよ無いにせよ、教えてくれる話は、毎度いずれも心温まるものからはほど遠いという問題がある。
「夢想するよりも一見するに如かずというだけの意味に過ぎませんが」ルカは無表情で一枚便箋を取り出し、「これは、ちょうど今日届いたファンレターです。”VOCALOID KAITOの人気”をあらわすものとして──VCLD界隈の人気のある男キャラにはこういったものが届く、一例と思って下さい。この手紙に出てくる人名は、かの動画サイトによくある中世ものの一連の作品に出てくる貴公子のもので、あくまで彼の演じる”役の名前”に過ぎないもののはずですが」
 ルカはそのファンレターを、ニュースレポートか何かを読み上げるように、きわめて平坦で無表情な声色のまま朗読した。
あーん!カイザレ様が死んだ! カイザレさまよいしょ本&カイザレさまF.Cつくろー! って思ってたのに……くすん……美形薄命だ……うっうっう……ひどいよお……ふえーん!!! この間『今、時代はカイザレ・ボカロジアだ!』の葉書きを出してまだ2週間じゃないですか!! どーして、どーして!? あれで終わり!? 嘘でしょ!? 信じられないよおっあんなスペイン弓兵クシメネス・ガルシア・デ・アグレドごときに殺られるなんてっ!! 悪ノ娘と差がありすぎるわっ!! 生き還りますよね? ね? ね? ……泣いてやるぅ……私はあのおそろしく腹黒い彼が(たとえ紳士という名のペド変態疑惑があってもさ! ヘン!)大好きだったんですよっ!! カイザレさまああああああああっ!!! 死んじゃ嫌だああああああああああああああああっ!! 黒うさPのエロ作詞魔ッ!! え〜〜ん!! P.Sフェラーラ家縁組前の舞踏会はミクレツィアとくっつきすぎd」
「あの、一例とか言ったけど」Lilyは、ルカの平板な朗読を鋭く遮って言った。「そういう感じのって、……ファンのうちの、ごく一部よね?」
「ごく一部です」ルカは無表情に答えた。「ごく一部ですが、こういったものは各男声VOCALOIDごとに”毎日”のように届きます。そして、ごく一部ですが、男声VOCALOIDへの声援の中でも常に最も”目立つ”のも、こういった一部です」
 沈黙がおりた。
「なぁ、リリー」Moshが呟いた。「やっぱ、《南青山》に帰ろうぜ……」
「一人で帰んなさいよ」LilyがMoshを見もせずに、なかば青ざめて言った。「もう後戻りできないこっちの気も知らないで……」