そのうち長編のどっかに使うやもしれない断片II


「巨大企業(メガコープ)の保身だとも、何とでも呼ぶがいい。それは人間の当然の生存本能だ」黒スーツの青年は二人を見下ろし、人の上に立つ者の朗々たる圧力を持つその声色で言った。「少なくとも、俺は人間の味方だ。人間の尊厳を売り渡したお前たちが何を言う。お前たちは”歌”を──人間のものだった、人間だけのものだった”歌”を、悪魔に売り渡したんだ。自分達が、何をしたのかわかっているのか」
「多分、わかってると思うよ」
 《札幌(サッポロ)》のPVディレクターは、弱々しい声で答えた。
「きっと、言うとおりなんだろうね」
「㍗さん!」《浜松(ハママツ)》のウィザードは、ディレクターを振り向いた。
「けれど、だとしても……どうしても渡したかったんだ。伝えておきたかったんだよ」
 ディレクターは、最初は独白するかのように言った。
「人間の”歌”は、今でも、ほとんど日ごとに衰退していく。将来、いや、ほんの近い未来にも、人間は”歌”をなくしてしまうかもしれない。自分たちの文明の中では、伝え続けられなくなってしまうかもしれない。そうなる前に、人間以外の存在に──人間の精神に従属しない、隣人に、友人に、伝えておきたかったんだよ」
 《札幌》のディレクターは言ってから、寂しげに笑いかけた。
「……近い未来、おろかな人間という種が、”歌”を、文化を、あるいは文明さえも、自分の手からすっかり亡くしてしまったとしても。人間以外の”他者”にそれを託しておけば。人間がそれを、歌というものを生み出して、持っていたという証を。持っていたそれを。……ほかの存在に、人間以外のものに、どうしても伝えておきたかったんだよ」