ワガママボディブラスト(後)


 ともかく、ヤツを外出させるわけにはいかなくなった。かといってもちろん、オレひとりで女性下着を買いに行くわけにもいかない。どこで何を買ったらいいか見当もつかないし、なにより《千葉(チバシティ)》の下町でひとり男が女の下着を求めて徘徊なんて、自分で言うのもなんだが怪しすぎる。オレは頭を抱えた。
「なに悩んでるのぉ?」ヤツは幼女みたいにあどけない仕草で首をかたむけて、そんなオレの顔を覗き込む。
「おまいのモノをどうやって買うかで悩んでんじゃねーか……」
「それが、なんでそんなに辛そうなのー?」ヤツは耳の電脳インカムに手をやり、「私のパーツだとかメンテナンス用品だとか。選んでるときは、なんか、いつもうれしそうにしてるのに」
 オレはその言葉に顔を上げて、しばらく考えてから、
「……そうか」
 オレは操作卓(コンソール)に再び手を伸ばし、日立(ヒタチ)のモニタの電源を入れた。”街に出て買う”厄介さも、”ヤツに合う下着をわざわざ探して選ぶ”厄介さも、必要はないわけだ。
 さきに言ったように、『初音ミク』の不正規類似品のロボットやら義体やらは巷にあふれていて、それ用の外装、服装なんかも、ネット販売で流通してる。これもさきに言ったように、この住居は通信や配送システムはすぐれていて、通販なら完全に梱包されてここに全自動で送られてくるようにできる。下町で安い日用品として服を探すとかよりは、この手の専用のグッズだとかなり高くつくが、まあ、仕方のない話だ。オキアミ合成食生活がだいぶ長びくことになるが。
 やがて、モニタには通販サイト、”初音ミク型ボディ外装>服装>下着”がずらずらと、新円(ニュー・イェン)の価格表示と共に並ぶ。
 オレはしばらく、無言でそれらと価格を見ていた。……が、しばらくして、女物下着の写真が並んでいるのを見ているうちに、なにやら落ちつかなくなってきたオレは、操作卓(コンソール)の前から立ち上がって、ヤツに言った。
「おい、ホラ、こっから自分で選べよ」
「ん?」ヤツは見上げて、オレの微妙な表情を読み取ったらしい。何も考えていないように見えて、こういうところは敏感といえば敏感だ。「ひょっとして……なんか、こういうの見て、テレてるの?」
「そうじゃなくて、どうせオレにはわかんねーからだよ、女物なんて」
 女性型ロボットとかを侍らせてるやつには、ひたすら自分の望むものを着せるのが好きなやつとかもいるらしいが、まぁなんだ、オレ自身もこういう生活をしといてなんだが、オレには別にお人形趣味みたいなものはない。あともうひとつは――自分で着るものなんだから、やっぱり、好きなものを選ばせてやるべきだろ?
 オレは日立(ヒタチ)の前をヤツに譲って、そばの別の椅子に移る。
「ホラ、ここに出てる予算内で、この中からだぞ。余計なもんは買うなよ」
 この操作なら、ヤツに任せてもできるだろう。予算にしたがって選ぶだけだ。サイズだとかは『初音ミク型ボディ』に合うように一律なので、考える必要がない。
「ふぅん……」
 ヤツはモニタを見つめた。興味津々に物色している。このへんは普通に女の子だ。
 オレはそれを見て、肩の荷がおりたように感じて、その椅子に背をもたせかけた。もう安心だと思うと、どっと疲れが出たように感じる。とりあえずこれで問題のモノは買ったようにすっかり思ってしまって、あとは深く考えなかった。



 何日か経って、買ったものが無事に届いたことは知ってたが、そのあとはオレはすっかり忘れていた。買った予算の分、節約を続けてたっていう影響はあったが、オキアミ合成食の日々になるのは、それ以外の理由だって普段から珍しいことじゃない。
「ねーえっ、どう?」ヤツが傍に立って、また操作卓(コンソール)を叩いていたオレに言った。
「どうって、わざわざそんなの見せに来なくてもいいっての」といいつつ、そこに下着姿が立っていると思うと、オレは無意識に振り向いてしまっていた。
 下着の上下だけで立っているヤツのその姿を、一度は上から下までまじまじと眺めてしまってから、オレは叫んだ。
「なんだそりゃああああああ!!」
「なんだ、って、超エロ下着」ヤツは簡潔な表現で説明した。
 オレは詳しくないのでよくわからんが、何か見てびっくりするような濃い色合いの、レース地か何かで、布地がこう、不自然なくらい少ないのに、凝った装飾が縁にも、透けた地にも目立つ。そのかなり小さい布地が、これも不自然にヤツの腰や胸の肉にみっちりと食い込んで、それらの肉感をよけいに目立たせている。(この時点では、オレにはその光景から、それ以上のことに気づく余裕は無かった。)
 オレは生唾を飲み込んだ。ヤツのカラダを誇示されることなんてすっかり慣れきってるが、この姿はちょっと……
 いや、だが待て。ちょっと待てよ。
「おい、それとは別に、普通の……その、まともなのも買ったんだろうな!?」
 女物というか、アンドロイド用外装品の単価はよくわからないが、男物の値段から想像すると、あのとき使わせた予算なら何着か買えたはずだ。
「ううん、これ一そろいだけ。で、買ったらもう予算がなくなっちゃった」
 確かにそれは、えらく高級そうに見えはする。
「おまい、どーすんだよ! そんなの、どのみち外出とかに使えないじゃねーか! 郵便屋さんとかが来たらどうすんだよ!」オレは叫んだ。「使えねーじゃねーか! いったいそんなもん買って、いつ何に使う気だよ!」
「何って、決まってるじゃないのぉ」ヤツは薄目になって、ゆったりとカラダを押し出すような仕草で、オレの方に踏み出した。「もちろん、アナタだけのため……」
 オレは生唾を飲み込んだ。そこから目が離せない、できることは、座ったままその場からあとじさることくらいだった。
 ──と、それは、ヤツが踏み出した、動いたそのときだった。
 ばちんとかいう破裂音としか言えないえらく鋭い音と、ヤツの悲鳴が響き渡った。
「きゃあ〜〜〜っ!?」
 一体、そのとき何が起こったのかは、オレもよく覚えていない。オレの目の前で、ヤツのソレが、着ているものが、全部はじけとんだ、と言ったらいいのか。まあ記憶をたどると、日本文化の”あにめ”の魔法少女の変身シーンの、ちょうど前半部分みたいな光景だったような気がする。その下着が上も下も、はちきれた、内側からちぎれとんだ、と言ってもいい。
 前にも言ったように、本物というか本来の体形の『初音ミク』、それに忠実なプロポーションに作られた類似品ロボットや義体に比べると、ヤツは、胸も腰も少しばかり微妙にボリュームがあって、プロポーションが絶妙に違う。つまるところ、”初音ミク型”用の一律のサイズの下着を何も考えずに買ったが、”標準的な”初音ミク型の体形用に作られた下着だと、ヤツにはサイズが合わなかったんじゃないかと思う。それでも、ごくごく普通の下着なら、特になんともなかったんだろうが、ああいう、デザインも布地の量も強度も、ぎりぎりでキワキワの下着だと、そういうことになったらしい。
 ……結局その後の日も、その下着がオレに対してとやらに使われることはなく、それは一体オレにとって良かったのか悪かったのかはよくわからんが、確かなことは、そのちぎれとんだ高級品の予算の分、オキアミ合成食の毎日はかなりの間続いたってことだ。それどころか、ヤツには他の下着もないのでしばらく外出できない状態が続き、その分の予算も確保できるまで節約を続けなくちゃならなかった。
 それからの食事ごと、ふたり一緒に合成多糖(アミロース)クラッカーにオキアミペーストを塗りつけるたびに、さすがのヤツもしょげかえっていた。だが、オレも肝に銘じたことがある。何か買ってやるときは、――下着のサイズや、もちろん種類、エロ下着だかそうでない物だかも――ほったらかしにして全部任せたりせず、ほどほどに気を配らなくちゃいかん。というか、面倒でも、ヤツにもっとかまってやらなけりゃならない。いくらヤツにつきあうのが疲れたり理性を保つのに苦労するって言っても、もうちょっとは構ってやらなけりゃあ、オレの方もなおさらえらいことになるぞ、と。